処理中

しばらくお待ちください...

設定

設定

1. WO2020013233 - ALSのバイオマーカーおよびALSの診断方法

Document

明 細 書

発明の名称 ALSのバイオマーカーおよびALSの診断方法

技術分野

0001  

背景技術

0002   0003   0004  

先行技術文献

非特許文献

0005  

発明の概要

発明が解決しようとする課題

0006  

課題を解決するための手段

0007   0008  

発明の効果

0009  

図面の簡単な説明

0010  

発明を実施するための形態

0011   0012   0013   0014   0015   0016   0017   0018   0019   0020   0021   0022   0023   0024  

実施例

0025   0026   0027   0028   0029   0030   0031   0032   0033   0034   0035   0036   0037   0038   0039   0040   0041  

請求の範囲

1   2   3   4   5   6   7   8   9   10  

図面

1   2   3   4   5   6  

明 細 書

発明の名称 : ALSのバイオマーカーおよびALSの診断方法

技術分野

[0001]
 本発明は、ALSの診断用バイオマーカーおよび該バイオマーカーを用いたALSの診断方法に関する。

背景技術

[0002]
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、上位および下位運動ニューロンの変性により細胞死を起こす成人発症の運動ニューロン疾患である。ALSを発症すると、運動ニューロンの喪失に起因する進行性の筋力低下や筋萎縮が生じ、大多数の患者は数年内に呼吸筋麻痺により死に至る。
 ALSでは神経伝達に関わるグルタミン受容体の1つであるAMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole propionic acid)受容体の異常が運動ニューロン死の原因であることが突き止められている。
 具体的には、ALS患者の運動ニューロンでは、AMPA受容体のカルシウム透過性を規定するサブユニットであるGluA2に本来生ずべきRNA編集(DNAがRNAに転写された後、RNA塩基に変化が生じる現象のこと。ALSに関わるRNA編集は、アデノシンがイノシンへ変換される脱アミノ基反応(以下「A-I RNA編集」)である。)が起こらず未編集型GluA2が発現するため、カルシウム透過性が異常に高いAMPA受容体が発現していること、そして、GluA2が未編集型となるのは、RNA編集酵素であるadenosine deaminase acting on RNA 2(ADAR2)酵素の発現低下(ダウンレギュレーション)によることなどが明らかにされた(非特許文献1、非特許文献2および非特許文献3)。
 未編集型GluA2には、イオンチャネルポアの内腔に面する部位(Q/R部位)にグルタミン(Q)が存在するが、編集型GluA2では、A-I RNA編集によってアルギニン(R)に変換される。編集型GluA2のQ/R部位は、陽性電荷のRのため、カルシウムイオンの流入を妨げるのに対し、未編集型GluA2ではこの部位が中性電荷のQのため、カルシウム透過性を示す。
[0003]
 また、ADAR2のコンディショナルノックアウトマウス(ADAR2 flox/flox/VAChT-Cre.Fast;AR2マウス)は、進行性運動障害および骨格筋の脱神経症状を呈するが、これらの症状はQ/R部位未編集型GluA2サブユニットを有するAMPA受容体のカルシウム透過性によって惹起される下位運動ニューロンの消失によるものであることが報告されている(非特許文献4)。
 さらに、孤発性ALS患者の神経病理的特徴である運動ニューロン中のTDP-43(transactive response DNA-binding protein of 43kDa)の細胞内局在異常(TDP-43病理)が、孤発性ALS患者のADAR2がダウンレギュレートされた運動ニューロンにおいて例外なく確認されている(非特許文献5)。
 以上のように、ADAR2のダウンレギュレーションがALS患者の運動ニューロン死と密接に関連していることが明らかにされた。
[0004]
 ALSでは、明らかな筋力低下または筋萎縮の症状が出た時点で、約30%以上の前角ニューロンがすでに変性しているとの報告がある(非特許文献6)。このような多くの運動ニューロンが消失する前に効果的な治療を可能にするためには、早期にALSを診断するためのバイオマーカーの開発が必要である。上述のように、ADAR2のダウンレギュレーションがALSの発症と密接に関連していることから、ADAR2活性を採取可能な体液中で調べることができれば早期にALS発症の有無を診断することが可能になる。しかしながら、現在のところ、このような診断を可能にする信頼性の高いバイオマーカーは存在しない。

先行技術文献

非特許文献

[0005]
非特許文献1 : Takuma et al., Ann Neurol. 46, 806-815 1999
非特許文献2 : Kawahara et al., Nature. 427, 801 2004
非特許文献3 : Hideyama et al., Neurobiol Dis. 45, 1121-1128 2012
非特許文献4 : Hideyama et al., J Neurosci. 30, 11917-11925 2010
非特許文献5 : Aizawa et al., Acta Neuropathol, 120, 75-84 2010
非特許文献6 : Swash and Ingram, J Neurol Neurosurg Psychiatry 51, 165-168 1988

発明の概要

発明が解決しようとする課題

[0006]
 上記事情に鑑み、本発明は、ALSの診断または治療効果の判定に有用なバイオマーカーの提供、並びに、該バイオマーカーを用いたALSの診断方法および治療効果の判定方法の提供を解決課題とする。

課題を解決するための手段

[0007]
 本発明者らは、ALS発症の原因であるADAR2ダウンレギュレーションの指標として、ADAR2依存性A-I RNA編集に着目し、このA-I RNA編集部位を有するRNAを検索したところ、ADAR2活性依存的なA-I RNA編集部位を直鎖状RNA中に10カ所、環状RNA中に1カ所見出した。さらに、これらのADAR2依存性A-I RNA編集部位の編集率の変動は、細胞内のRNAと細胞外のRNAで同等であることも併せて見出した。
 以上のように、本発明者らは、ADAR2活性依存的にその編集率が変動するA-I RNA編集部位を有する細胞外(すなわち、体液中)のRNAがALSのバイオマーカーとして利用できることを初めて見出し本発明を完成させた。
[0008]
 すなわち、本発明は、以下の(1)~(10)である。
(1)ALSの病態を診断する方法であって、診断サンプル中に存在するADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定する工程を含む、前記方法。
(2)ALSの病態を診断する方法であって、以下の(a)~(d)の工程を含むことを特徴とする上記(1)に記載の方法。
(a)診断サンプル中に存在するRNAのADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定する工程、
(b)工程(a)で同定したヌクレオチドがアデニン(A)またはイノシン(I)である割合を算出する工程、および
(c)工程(b)で算出したAまたはIの割合と、健常者のADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドがAまたはIである割合とを、各々、比較する工程
(3)前記ADAR2依存性A-I RNA編集部位が、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第178番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第191番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第192番目の位置、配列番号2で表されるCYFIP2 mRNAの核酸配列中第171番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第28番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第498番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第202番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第672番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第720番目の位置、配列番号5で表されるTMEM63B mRNAの核酸配列中第157番目の位置および/または配列番号6で表されるcirc GRIA2(has_circ_0125620)の核酸配列中第409番目であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の方法。
(4)前記診断サンプルが体液由来であることを特徴とする上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記体液が、髄液または血液のいずれかであることを特徴とする上記(4)に記載の方法。
(6)ALSの病態を診断するためのバイオマーカーであって、ADAR2依存性A-I RNA編集部位を有する1または複数のRNA分子からなるバイオマーカー。
(7)前記ADAR2依存性A-I RNA編集部位が、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第178番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第191番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第192番目の位置、配列番号2で表されるCYFIP2 mRNAの核酸配列中第171番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第28番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第498番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第202番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第672番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第720番目の位置、配列番号5で表されるTMEM63B mRNAの核酸配列中第157番目の位置および/または配列番号6で表されるcirc GRIA2(has_circ_0125620)の核酸配列中第409番目であることを特徴とする上記(6)に記載のバイオマーカー。
(8)ADAR2依存性A-I RNA編集部位を有する1または複数のRNA分子のALSバイオマーカーとしての使用。
(9)前記ADAR2依存性A-I RNA編集部位が、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第178番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第191番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第192番目の位置、配列番号2で表されるCYFIP2 mRNAの核酸配列中第171番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第28番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第498番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第202番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第672番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第720番目の位置、配列番号5で表されるTMEM63B mRNAの核酸配列中第157番目の位置および/または配列番号6で表されるcirc GRIA2(has_circ_0125620)の核酸配列中第409番目であることを特徴とする上記(8)に記載の使用。
(10)ALSの病態を診断するために使用するキットであって、少なくともADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定するための要素を含むキット。

発明の効果

[0009]
 本発明にかかるバイオマーカーを使用することで、ALSの早期診断および治療効果の判定が可能となる。

図面の簡単な説明

[0010]
[図1] circ GRIA2(has_circ_0125620)のアミノ酸配列およびQ/R部位(未編集状態)を示す。Circular junction: バックスプライシングによる結合位置
[図2] HeLa細胞で発現するRNAのADAR2依存性A-I RNA編集部位。(A)ADAR2過剰発現によるADAR2 mRNAの発現量の変化。mock:pCl(空のベクター)をトランスフェクションした細胞。OE:ADAR2/pClをトランスフェクションした細胞。βアクチン mRNAの発現量に対して標準化したADAR2 mRNAの発現レベルを示す(Mann-Whitney U-test; ***P<0.001)。データは、平均値±SEMで示す(n=6)。(B)マウス脊髄運動ニューロンのA-I RNA編集部位と相同部位をもつヒトのA-I RNA編集部位における、ADAR2過剰発現後の編集率の変化。pCl(白)またはADAR2/pClをトランスフェクションした細胞(黒)中での編集率を、平均値±SEM(n=6、Mann-Whitney U-test; *P<0.05、 **P<0.01)で示す。CYFIP2、cytoplasmic fragile X mental retardation protein interacting protein 2; OPTN、optineurin;SON、SON;deoxyribonucleic acid binding protein;TMEM63B、transmembrane protein 63B;+10
[図3] SH-SY5Y細胞で発現するADAR2依存性A-I RNA編集部位。ADAR2 mRNAの発現量はβ-アクチン mRNAの発現に対して標準化し、データは平均値±SEM(n=6)で示す。(AおよびB)ADAR2過剰発現によるADAR2 mRNAの発現量の変化および12カ所のマウスと相同部位を持つ編集部位における編集率の変化。Mock:pCl(空のベクター)をトランスフェクションした細胞、OE:ADAR2/pClをトランスフェクションした細胞。Mockをトランスフェクションした細胞(白)およびADAR2/pClをトランスフェクションした細胞(黒)の編集率を示す(Mann-Whitney U-test; *P<0.05、 **P<0.01、 ***P<0.001)。(CおよびD)ADAR2ノックダウン後のADAR2 mRNAの発現レベルの変化および10カ所のADAR2依存性A-I RNA編集部位における編集率の変化。Scr:scramble siRNAをトランスフェクションした細胞、KD-1: siADAR2-1をトランスフェクションした細胞、KD-2:siADAR2-2をトランスフェクションした細胞。scramble siRNA(白)、siADAR2-1(黒)またはsiADAR2-2(斜線)をトランスフェクションした細胞の編集率を示す(Mann-Whitney U-test; *P<0.05、 **P<0.01、 ***P<0.001)。
[図4] SH-SY5Y細胞の培養上清中のADAR2依存性A-I RNA編集部位。各実験値は、平均値±SEMで示す(n=6)。(A)Mockをトランスフェクションした細胞の培養上清(白)およびADAR2/pClをトランスフェクションした細胞の培養上清(ドット)中の10カ所のADAR2依存性A-I RNA編集の編集率を示す(Mann-Whitney U-test; *P<0.05、 **P<0.01)。(B)scramble siRNAをトランスフェクションした細胞の培養上清(白)、siADAR2-1をトランスフェクションした細胞の培養上清(ドット)およびsiADAR2-2をトランスフェクションした細胞の培養上清(斜線)中の5カ所のADAR2依存性A-I RNA編集部位の編集率を示す(Mann-Whitney U-test; *P<0.05)。
[図5] SH-SY5Y細胞およびその培養上清中のcirc GRIA2(hsa_circ_0125620)。(A)circ GRIA2(hsa_circ_0125620)の電気泳動およびサンガーシークエンス。SH-SY5Y細胞中のcirc GRIA2のPCR産物(矢印)。N:ネガティブコントロール。エクソン13からエクソン11に繋がるバックスプライシングの連結部を示す。丸く囲み矢印で示す箇所がcirc GRIA2のQ/R部位で、ADAR2ノックダウンにより編集率が減少した(G(シークエンサーによる配列決定ではcDNAの配列を決定するためイノシン(I)はグアニン(G)として同定される)のピークが減少し、Aのピークが増加)。(B)circ GRIA2のQ/R部位における編集率の検出方法の概念図と2100 Bioanalyzerを用いた編集率の測定例。編集型のQ/R部位を持つcirc GRIA2のPCR産物を HpyCH4Vで切断して得られる断片は、76bp、160bpおよび196bpである。これに対し、未編集型のQ/R部位を持つcirc GRIA2のPCR産物を HpyCH4Vで切断して得られる断片は、24bp、76bp、160bpおよび172bpである。なお、24bpの断片は、低分子マーカー(LMM)のピークと重なるため検出されない。HMM:高分子マーカー。(C)ADAR2の発現量およびcirc GRIA2とGluA2 mRNAのQ/R部位における編集率。Scr:scramble siRNAをトランスフェクションした細胞、KD-1:siADAR2-1をトランスフェクションした細胞、KD-2:siADAR2-2をトランスフェクションした細胞。各実験値は、平均値±SEMで示す(n=6)。scramble siRNA(白)、siADAR2-1(ドット)またはsiADAR2-2(斜線)をトランスフェクションした細胞中の編集率を示す(Mann-Whitney U-test; ***P<0.001)。
[図6] 培養上清中のcirc GRIA2由来のPCR産物の解析結果。 HpyCH4Vで処理したPCR産物を2100 Bioanalyzerで解析した結果を示す。挿入図は、クロマトグラフィー中の丸く囲んだ部分を拡大したものである。

発明を実施するための形態

[0011]
 本発明の第1の実施形態は、ALSの病態を診断する方法であって、診断サンプル中に存在するADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定する工程を含む、前記方法である。
 本発明の第1の実施形態のALSの病態の診断方法(以下「本発明のALS診断方法」とも記載する)は、診断対象者がALSを発症しているかどうかを判断するために使用できることはもちろんのこと、すでにALSを発症した患者の治療経過を判断するためにも使用することができる。従って、本発明の第1の実施形態は、「ALSの病態の診断を補助する方法」でもある。また、本実施形態における「ALS」には、運動ニューロンのADAR2ダウンレギュレーションが原因でALSの病態を発症するものであれば、孤発性ALSのみならず家族性ALSも含まれる。
 本発明のALS診断方法は、より具体的には、ALSの病態を診断する方法であって、以下の(a)~(d)の工程を含むことを特徴とする診断方法である。
(a)診断サンプル中に存在するRNAのADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定する工程、
(b)工程(a)で同定したヌクレオチドがアデニン(A)またはイノシン(I)である割合を算出する工程、および
(c)工程(b)で算出したAまたはIの割合と、健常者のADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドがAまたはIである割合とを、各々、比較する工程
[0012]
 工程(a)において、診断サンプルとは、ALSの病態診断を行う対象者(ALSを発症している者またはALSの発症が疑われる者、以下「被験者」とも記載する)に由来する生体サンプルのことで、例えば、血液、脳脊髄液などの体液のことである。診断サンプル中のRNAの抽出は当業者において周知の方法によって実施することが可能で、市販のRNA抽出キットなどを使用することで容易に行うことができる。
 また、本明細書中の「ADAR2依存性A-I RNA編集」とは、運動ニューロン中において、転写後のRNA中のアデノシン(A)がADAR2酵素活性によりイノシン(I)に変換されることを意味し、「ADAR2依存性A-I RNA編集」とは、ADAR2酵素活性によりIに変換されるAの位置のことをいう。
[0013]
 健常者(本明細書中において「健常」とはALSを発症していない状態を意味する)の運動ニューロン中ではADAR2が正常に機能しているため、健常者のADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドは、通常、I(シークエンサーによる配列決定ではcDNAの配列を決定するためグアニン(G)として同定される)であると予想される。これに対しALS患者のADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドはAである場合が生じる(ADAR2がダウンレギュレーションされているため)。なお、ALS患者の運動ニューロンにおいてADAR1は正常に機能していることが確認されている(非特許文献3)。
[0014]
 そこで、ADAR2依存性A-I RNA編集部位は次のようにして検索することができる。
健常者由来の運動ニューロンのRNA配列とALS患者由来の運動ニューロンのRNA配列を比較し、健常者由来のRNAに比べ、ALS患者由来のRNAでは編集率が低下している部位をADAR2依存性A-I RNA編集部位とすることができる。あるいは、健常な非ヒト動物由来の運動ニューロンのRNA配列とADAR2をノックダウンしたALSモデル非ヒト動物(例えば、AR2マウスなど)由来の運動ニューロンのRNA配列を比較し、健常な非ヒト動物由来のRNAに比べALSモデル非ヒト動物由来のRNAで編集率が低下している部位を検出し、ヒトにおいて相同部位が認められたらADAR2依存性A-I RNA編集部位としてもよい。
[0015]
 また、他の方法として、次のような検索方法も例示できる。
 健常なヒトまたは非ヒト動物の運動ニューロンから抽出したRNAの配列を決定し、得られた配列情報と当該動物のゲノム配列情報(データバンク等に登録されているゲノム配列情報)とを比較し、ゲノム配列情報ではAであるのに対し運動ニューロン由来のRNA上ではGと検出された位置をADAR2依存性A-I RNA編集集部位の候補部位とする。ADAR2依存性A-I RNA編集部位の候補部位を非ヒト動物において同定した場合は、非ヒト動物の候補部位と相同なヒトゲノム上の位置を、ヒトのADAR2依存性A-I RNA編集部位の候補部位としてもよい。また、ヒト運動ニューロン中のA-I RNA編集部位の検索については、例えば、Picardi et al., Sci Rep. 5:14941 DOI: 10.1038/srep14941 2015などを参照して行ってもよい。
 得られた候補部位には、ADAR1による編集部位も含まれている。候補部位のうち実際にADAR2による編集を受けている部位であるかどうかは、例えば、ALS患者またはADAR2をノックダウンしたALSモデル非ヒト動物に由来する運動ニューロンにおける候補部位のA-I編集率(AがIに変換される効率。例えば、候補部位のヌクレオチドがAであるRNAとIであるRNAの総和に対するIであるRNAの割合)と健常者または健常動物に由来する候補部位のA-I編集率を比較することで確認できる。あるいは、ADAR2を過剰発現させた細胞株および/またはADAR2をノックダウンした細胞株等に由来する候補部位のA-I編集率とコントロールの細胞株(ADAR2の過剰発現またはノックダウンが行われていない細胞)に由来する候補部位のA-I編集率を比較することで確認できる。以上の確認の結果、ADAR2活性の変化によりA-I編集率が明らかに変動している候補部位を「ADAR2依存性A-I RNA編集」とすることができる。
[0016]
 工程(a)において、ADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドの種類は、当該A-I RNA編集部位を含むRNA領域の配列情報に基づいて検出することができる。
 より具体的には、例えば、ADAR2依存性A-I RNA編集部位が、
配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第178番目の位置、
配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第191番目の位置、
配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第192番目の位置、
配列番号2で表されるCYFIP2 mRNAの核酸配列中第171番目の位置、
配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第28番目の位置、
配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第498番目の位置、
配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第202番目の位置、
配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第672番目の位置、
配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第720番目の位置、
配列番号5で表されるTMEM63B mRNAの核酸配列中第157番目の位置または、
配列番号6で表されるcirc GRIA2(has_circ_0125620)の核酸配列中第409番目である場合には、診断サンプルから抽出したRNAから調製したcDNAを鋳型として、各々、例えば、表1に示すプライマーペアを用いて、表2に示すPCR条件にてこれらのA-I RNA編集部位を含むRNA領域を増幅し、その増幅産物のシークエンスを行うことでA-I RNA編集部位のヌクレオチドが何であるかを確認することができる(なお、配列番号1~6は、各mRNAの配列を示している)。circ GRIA2(has_circ_0125620)は環状RNAであるため、図1に未編集の配列とともに、バックスプライシングによる結合位置を示した。
 なお、表1に示すプライマーペアおよび表2に示すPCR条件は1例でありこれらの表に示されるプライマーペアおよびPCR条件に限定されるものではない。
[0017]
[表1]


[0018]
[表2]


[0019]
 また、A-I RNA編集の有無によって、当該編集部位付近に存在する制限酵素の認識配列が変わる場合には、A-I RNA編集部位を含むPCR産物を、当該制限酵素で切断することで、その切断の有無から当該A-I RNA編集部位がAであるか、Iであるかを確認することができる。
[0020]
 工程(b)は、診断サンプル中のA-I RNA編集部位におけるA-I編集率を算出する工程で、配列決定を行った全RNA量に対し、A-I RNA編集部位がAであるRNAまたはIであるRNA量の割合を算出する工程である。
 工程(c)において、健常者のADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドがAまたはIである割合は、工程(a)および工程(b)の「診断サンプル」を健常者由来のサンプル(すなわち、ALSを発症していない者に由来する体液(例えば、血液、脳脊髄液など)などの生体サンプル)に置き換えて、各工程を実施することで算出できる。あるいは、健常者のADAR2依存性A-I RNA編集部位のA-I編集率データがすでに存在する場合には、そのデータと比較してもよい。工程(c)における比較の結果、診断サンプル中のADAR2依存性A-I RNA編集部位のA-I編集率(Iに変換される率)が健常者由来のサンプル中の当該A-I編集率よりも有意に低い場合、被験者はALSを発症しているか、または、発症している可能性があると判断することができる。
 なお、ALSの診断にあたっては、複数のADAR2依存性A-I RNA編集部位のA-I編集率を求めて総合的に判断してもよい。
[0021]
 本発明の第2の実施形態は、ALSの病態を診断するためのバイオマーカーであって、ADAR2依存性A-I RNA編集部位を有する1または複数のRNA分子からなるバイオマーカーである。
 第2の実施形態におけるバイオマーカー(以下「本発明のバイオマーカー」とも記載する)は、第1の実施形態で説明した「ADAR2依存性A-I RNA編集部位」を有するRNA分子であれば、直鎖状RNA、環状RNAのいずれであってもよいが、体液中において比較的安定に存在する環状RNAがより好ましい。本発明の第2の実施形態は、「ALSの病態の診断を補助するためのバイオマーカー」でもある。
 ADAR2依存性A-I RNA編集部位を有するRNA分子としては、限定はしないが、例えば、配列番号1で表される核酸配列を含むADAR2 pre-mRNA、配列番号2で表される核酸配列を含むCYFIP2 mRNA、配列番号3で表される核酸配列を含むGluA2 mRNA、配列番号4で表される核酸配列を含むSON mRNA、配列番号5で表される核酸配列を含むTMEM63B mRNAおよび配列番号6で表される核酸配列を含む環状のcirc GRIA2(has_circ_0125620)を挙げることができる。
[0022]
 本発明の第3の実施形態は、ADAR2依存性A-I RNA編集部位を有する1または複数のRNA分子のALSバイオマーカーとしての使用である。
 本発明の第3の実施形態にかかるALSバイオマーカーとしての使用には、ADAR2依存性A-I RNA編集部位を有する1または複数のRNA分子をALSの診断を行うための使用(またはALSの診断を補助するための使用)、ALSの病態解明のための使用など、ALSに関連する情報を取得するためのあらゆる使用が含まれる。
[0023]
 本発明の第4の実施形態は、ALSの病態を診断するために使用するキット(またはALSの病態の診断を補助するために使用するキット)であって、少なくともADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定するための要素を含むキットである。
 第4の実施形態において、「ADAR2依存性A-I RNA編集のヌクレオチドを同定するための要素」とは、サンプル中に存在するADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定するために必要なもののことで、限定はしないが、例えば、当該A-I RNA編集部位を含むRNAから調製したcDNAを鋳型として、当該A-I RNA編集部位に対応する部位を含むcDNA領域をPCR増幅するためのプライマーペア、当該A-I RNA編集部位付近に認識配列を持つ制限酵素であってA-I編集によってその認識配列が消失または出現する制限酵素などを挙げることができる。当該キットには、さらに、ADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定するために使用する試薬や、使用説明書(電磁的記録媒体に保存されている場合を含む)などが含まれていてもよい。
[0024]
 本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」、および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものも含むものとする。
 以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
実施例
[0025]
1.材料と実験方法
1-1.動物
 実験に使用したマウスは、ホモ接合性コンディショナルADAR2ノックアウトマウス(ADAR2 flox/flox/VAChT-Cre.Fast;AR2マウス)で、VAChT(vesicular acetylcholine transporter)プロモーターで発現制御されるCreのターゲットであるfloxed ADARB1アリルを有する(Hideyama et al., J Neurosci, 30, 11917-11925 2010)。コントロールとしてノックアウトマウスと同系統(C57BL/6J mice;Oriental Yeast Co., Ltd.)、同週齢の野生型マウスを使用した。全ての動物実験は、東京大学動物取扱委員会により承認され、日本国文部科学省の動物実験ガイドラインに従って行った。
[0026]
1-2.マウス脊髄からの単一運動ニューロンの単離
 7週齢のマウス脊髄由来の凍結切片(20 μm)をcryostat(Model CM1850;Leica Microsystems GmbH)で調製し、スライドグラス(MATSUNAMI)に静置した。静置した凍結切片を100 %メタノールで40秒間固定した後、0.05 %のトルイジンブルーで1分間染色し、70 %のエタノールで4回リンスしたのち、完全に乾燥させた。運動ニューロンは、マイクロダイセクションシステム(Laser Micro Dissector 7000;Leica Microsystems GmbH)を用いて前角から切り出し、RNeasy micro Kit(QIAGEN)に添付のRLTバッファー(200 μl)を入れたチューブに回収した。切り出した単一運動ニューロンの数は、1,912~2,214であった。全てのサンプルは、使用時まで-80℃で保存した。
[0027]
1-3.RNAの抽出および配列決定
 運動ニューロンサンプルから、RNeasy micro Kitを用いてRNA抽出およびDNaseI処理を行った。リボソームRNAを除くために、抽出した総RNAをRiboGone mammalian kit(Takara Bio)で処理した。RNAシークエンス用のcDNAライブラリーは、SMARTer Stranded RNA-Seq Kit(Takara Bio)を使用して総RNAから合成し、Illumina HiSeqTM2000(Illumina, Inc.)を用いてシークエンスを行った。
[0028]
1-4.ヒト-マウス間で相同なA-I RNA編集部位の検索
 野生型マウス(n=3)およびAR2マウス(n=3)から調製した運動ニューロン由来のRNAの配列決定を行い、野生型マウス、AR2マウスそれぞれ2匹以上で15リード以上あったRNA配列情報をマウスゲノム配列(NCBI37/mm9)にマッピングした。マッピングの結果、マウスゲノム配列上のAが運動ニューロン由来のRNAの配列決定ではGとなっている部位215箇所を同定し、マウスA-I RNA編集部位とした。次に、マウスで同定した215箇所のA-I RNA編集部位と相同なヒトゲノム配列(GRCh37/hg19)上の部位を、UCSC liftOver tool(http://genome.ucsc.edu/cgi-bin/hgLiftOver)(Hinrichs et al., Nucleic Acids Res, 34, D590-598 2006)を用いて同定した。
[0029]
1-5.培養細胞へのトランスフェクション
 HeLa細胞およびSH-SY5Y細胞は、10 % FBS(Thermo Fisher Scientific)、100 U/ml ペニシリンおよび100 μg/ml ストレプトマイシン(Thermo Fisher Scientific)を添加したMEM α-培地(WAKO)中、37℃、5 % CO 2の条件で培養した。
1-5-1.HeLa細胞内でのヒトADAR2の過剰発現
 HeLa細胞は、6-ウェルプレートに1.0×10 4細胞/cm 2の密度で播種した。培養開始から24時間後、Lipofectamine 3000 transfection reagent(lnvitrogen)を用いて、2.5 μgのヒトADAR2ベクター(hADAR2/pCI)(Yamashita et al., Embo Mol. Med., 5 1710-1709 2013)を細胞にトランスフェクションした後、48時間培養を行った。
1-5-2.SH-SY5Y細胞内でのヒトADAR2の過剰発現
 SH-SY5Y細胞は、10-cmディッシュに7.6×10 4細胞/cm 2の密度で播種した。培養開始から24時間後、2.0 μgのhADAR2/pCIをLipofectamine 3000 transfection reagentを用いてトランスフェクションした。トランスフェクション後、培地を無血清培地に換えて48時間培養した。
1-5-3.SH-SY5Y細胞のヒトADAR2のノックダウン
 SH-SY5Y細胞は、10-cmディッシュに7.6×10 4細胞/cm 2の密度で播種した。培養開始から24時間後、30 nMの各種siRNA(表3)をLipofectamine RNAiMAX transfection reagent(lnvitrogen)を用いて1回目のトランスフェクションを行った。48時間培養したのち、1回目と同様に2回目のトランスフェクションを行った。2回目のトランスフェクション時に、培地を無血清培地に換えて48時間培養した。
[0030]
[表3]


[0031]
1-6.細胞からのRNA抽出および逆転写
 HeLa細胞およびSH-SY5Y細胞から、RNA spin Mini Kit (GE Healthcare)を用いてRNA抽出およびDNaseI処理を行った。1μgの総RNAを鋳型にして、oligoDTプライマーおよびrandamプライマーを含んでいるReverTra ACE qPCR-RT Master Mix Kit(TOYOBO)を使用し、cDNAを合成した。
 環状RNAの抽出に関しては、20 μgの総RNAを1 U/μgのRNaseR(Epicentre)で2回処理(37℃、15分間)した後、RNeasy micro Kitで精製した。RNaseRで処理した総RNAを鋳型にしてReverTra ACE qPCR-RT Master Mix Kit(TOYOBO)を用いてcDNAを合成した。
[0032]
1-7.培養上清からの直鎖状RNAおよび環状RNAの抽出
 FBS中のRNAのコンタミネーションを避けるために、SH-SY5Y細胞を無血清培地で48時間培養した後、10 mlの培地を回収した。この時、細胞は、10-cmディッシュでコンフルエントの状態であった。
 直鎖状RNAは4 mlの培養上清から抽出した。細胞成分の混入を防ぐために、培養上清を室温にて15分間(3,000 g)遠心した後、総RNAをTRIzol LS Reagent(Thermo Fisher Scientifics)を用いて抽出した。
 環状RNAの抽出に関しては、160 mlから400 mlの培養上清を回収し、細胞成分の混入を防ぐために、3,000 gで15分間、室温で遠心した後、lyophilizer(FZ-2.5CS, LABCONCO, Kansas City, USA)で凍結乾燥し、総RNAをTRIzol LS Reagent (Thermo Fisher Scientifics)用いて抽出した。得られた総RNAをDNaseI(RNase-free DNase Set, QIAGEN)で処理し、RNeasy micro Kitを用いて精製した。総RNAはBioanalyzer 2100(Agilent Technology, Santa Clara, CA)で定量し、これを鋳型にしてReverTra ACE qPCR-RT Master Mix Kitを用いて逆転写を行った。
 ADAR2過剰発現およびノックダウンのコントロールとして、各々、pCI(空のベクター)またはランダムsiRNA(siRNAの混合物)(Stealth RNAiTMsiRNA Negative Control, Thermo Fisher Scientifics)をトランスフェクションし、同じ処理を行ったSH-SY5Y細胞の培養上清を使用した。
[0033]
1-8.リアルタイム定量PCR
 定量PCR(qPCR)は、Light Cycler System(Roche Diagnostics)を用い、表4に示すqPCRプライマーおよびプローブを用いて、Yamashita et al., Neurosci Res, 73, 42-48 2012に記載されたPCR条件に従って行った。
[表4]


[0034]
1-9.A-I RNA編集部位のPCR増幅およびその解析
 PCRは、表1に示すプライマーペアを用いて、表2に示す条件で行った。PCR産物は、MiniElute PCR purification Kit(QIAGEN)またはMiniElute Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いて精製した。GluA2mRNAおよびcirc GRIA2(hsa_circ_0125620)のQ/R部位、CYFIP2(cytoplasmic fragile X mental retardation interacting protein 2)mRNAのリジン/グルタミン酸(K/E)部位およびTMEM63B(transmembrane protein 63B)mRNAのQ/R部位におけるA-I編集の程度は、PCR産物を制限酵素で処理し、編集依存的な制限酵素による切断を、Bioanalyzer 2100(Agilent Technology)を用いた定量解析で算出した。GluA2 mRNA、CYFIP2 mRNA、TMEM63B mRNAおよびcirc GRIA2由来のPCR産物は、各々、 BbvlMselHpaIIおよび HpyCH4V(New England Biolabs)で切断した。編集率は、編集されたRNA(編集RNA)と編集されていないRNA(未編集RNA)に由来するバンドの和に対する、編集RNAのバンドのモル比で示した(表5)。他方、編集RNAと未編集RNAに由来するPCR産物を異なる様式で切断する制限酵素が無い場合、そのPCR産物を3100 Genetic Analyzer sequencer(Applied Biosystems)で配列を決定した後、各A-I RNA編集部位における編集率は、アデノシンのピークとグアノシンのピークの和に対するグアノシンのピークのシグナル強度比をab1 Peak Reporter tool(https://apps.thermofisher.com/ab1peakreporter)(Thermo Fisher Scientifics)を使用して算出した。
[0035]
[表5]


1-10.統計分析
 統計分析は、JMP Pro 13 softwareを用いて行った。2群の統計的比較には、マン・ホイットニーのU検定を用いた。P<0.05の時に有意差有りとした。
[0036]
2.結果
2-1.野生型マウスおよびAR2マウスの運動ニューロンにおけるA-I RNA編集の比較
 3匹の野生型マウスおよび3匹のAR2マウスの脊髄運動ニューロンから抽出したRNAの配列を決定し、その配列をNCBI37/mm9にマッピングして、215カ所のA-I RNA編集部位を同定した。編集率が50%未満のA-I RNA編集部位の数は、野生型マウスよりもAR2マウスの運動ニューロンにおいて多かったことから、AR2マウスと野生型マウス間の各A-I RNA編集部位における編集効率を比較することで、ADAR2依存性A-I RNA編集部位の検出可能であることが示唆された。215カ所のA-I RNA編集部位のうち、102部位おいて、AR2マウスにおける編集効率が野生型マウスにおける編集効率よりも2%低かった。そこで、UCSC liftOver toolを使用して、ヒトゲノム配列(GRCh37/hg19)上で、マウスの215カ所のA-I RNA編集部位と相同部位を検索したところ、ヒトRNAとマウスRNA間で28カ所の相同部位を同定した。
 そこで、これら28カ所のA-I RNA編集部位(表6)が、ADAR2活性依存的に編集率が変化する編集部位なのかどうかを、ヒト由来の培養細胞を用いて検討した。
[0037]
[表6]


[0038]
2-2.ヒト培養細胞におけるADAR2依存性A-I RNA編集部位の検索
 培養細胞中でADAR2を過剰発現させ、上記28の部位における編集率の変化を調べた。HeLa細胞(図2A)およびにSH-SY5Y 細胞(図3A)にADAR2を過剰発現させると、28のうち10の部位(ADAR2 pre-mRNAのintron +10、ADAR2 pre-mRNAのintron +23、ADAR2 pre-mRNAのintron +24、CYFIP2 mRNAのK/E部位、GluA2 mRNAのQ/R部位、GluA2 mRNAのR/G部位、SON mRNAのT/A部位-1、SON mRNAのR/G部位、SON mRNAのL/L部位およびTMEM63B mRNAのQ/R部位)において、編集率が有意に増加した(図2Bおよび図3B)。
 次に、SH-SY5Y細胞のADAR2をsiRNAでノックダウンした後、これら10の部位における編集率の変化を調べた。siADAR2-1またはsiADAR2-2をトランフェクションしたSH-SY5Y細胞中のADAR2 mRNAの発現量は、有意に減少していた(図3C)。ADAR2をノックダウンすると、10カ所全ての部位において編集率が減少していたが、その減少の程度が統計的に有意なレベルに達している部位は、4カ所、すなわち、CYFIP2 mRNAのK/E部位、GluA2 mRNAのQ/R部位、GluA2 mRNAのR/G部位およびSON mRNAのR/G部位であった(図3D)。他の6カ所については、ADAR2をノックダウンしない状態の元々の編集率が低いため、ノックダウンによる編集率の変化を検出できなかった可能性が考えられる。
 SH-SY5Y細胞でADAR2過剰発現させた場合とADAR2ノックダウンした場合の各A-I RNA編集部位の編集効率の変動は、矛盾するものではなく、上記10カ所のA-I RNA編集部位でADAR2がA-I変換を行っていることが示唆された。なお、上記10の部位のうち、SON mRNAのR/G部位は、これまでにADAR2依存性A-I RNA編集部位であるとの報告はない。
[0039]
2-3.培養上清中に存在するADAR2依存性A-I RNA編集部位を有するRNA
 次に、10カ所のADAR2依存性A-I RNA編集部位を持つmRNA(ADAR2、CYFIP2、GluA2、SONおよびTMEM63BのmRNA)が細胞から分泌されるかどうかを調べたところ、SH-SY5Y細胞の培養上清中にこれら5種類全てのmRNAの存在が確認された。そこで、SH-SY5Y細胞の培養上清中に分泌されたmRNAのADAR2依存性A-I RNA編集部位の編集率を調べた。
 SH-SY5Y細胞でADAR2を過剰発現させた場合、細胞外RNAの10カ所のADAR2依存性A-I RNA編集部位の編集率は、細胞内RNAの編集率と同じ様に変動する傾向にあった。ADAR2 pre-mRNA のintron position +10、CYFIP2 mRNA のK/E部位、SON mRNAのT/A部位とR/G部位および TMEM63B mRNAのQ/R部位においては、その編集率が有意に増加した(図4A)。ADAR2をノックダウンした細胞では、培地中のRNAのCYFIP2 mRNAのK/E部位およびGluA2 mRNAのQ/R部位における編集率が有意に減少していた(図4B)。
[0040]
2-4.SH-SY5Y細胞およびその培養上清中のcirc GRIA2(hsa_circ_0125620)のADAR2依存性A-I RNA編集部位
 ADAR2依存性A-I RNA編集部位を有する環状RNAを circBase(Glazar et al., RNA 20, 1666-1670 2014)で検索した結果、Q/R部位を含む GRIA2の転写産物であるcirc GRIA2(hsa_circ_0125620、hsa_circ_0125618およびhsa_circ_0125619)を見出した。SH-SY5Y細胞由来の総RNA20μg中、RNaseR耐性RNAの量は、RNaseR処理前の抽出総RNAの約1%程度であり、その割合はこれまでの報告(Jeck et al., RNA 19, 141-157 2013)と一致していた。。RNaseR耐性RNAの中から、circ GRIA2(hsa_circ_0125620)を検出するためにdivergent primerを用いてPCRを行ったところ、SH-SY5Y細胞中において、hsa_circ_0125620は再現性をもって検出できたが(図5A)、hsa_circ_0125618とhsa_circ_0125619は検出できなかった。Q/R部位が編集型のhsa_circ_0125620に由来するPCR産物には、2カ所の HpyCH4V認識部位が存在しているのに対し、Q/R部位が未編集型のhsa_circ_0125620に由来するPCR産物には、さらに1カ所(合計3カ所)の認識部位が存在している(図5B)。
 SH-SY5Y細胞内では、hsa_circ_0125620のQ/R部位における編集率(平均で95%)は、GluA2 mRNA(直鎖状mRNA)の編集率(平均で87%)よりも高く、ADAR2ノックダウンにより有意に減少した(図5C)
[0041]
 次に、SH-SY5Y細胞の培養上清中におけるhsa_circ_0125620について検討を行った。hsa_circ_0125620を検出するために、160 ml以上の培養上清が必要であった。SH-SY5Y細胞の培養上清中のhsa_circ_012562のQ/R部位は、ADAR2のノックダウン後であっても、ほとんどが編集された状態であった。しかし、クロマトグラフィーをよく見てみると(図6の挿入図)、ノックダウンの方には、僅かではあるが172bpのフラグメントが確認できた。このことから、細胞外に分泌されたcirc GRIA2のQ/R部位についても、細胞内のADAR2がノックダウンされた場合には、培養上清中にQ/R部位が未編集型のcirc GRIA2が分泌されていることが示唆される。本実験では、ADAR2ノックダウンという人為的な状況で検討を行っており、ADAR2ノックダウン前にすでに存在していたQ/R部位編集型のcirc GRIA2が未だ存在しており、それらが細胞外に分泌されたために、細胞外で検出されたcirc GRIA2のほとんどがQ/R部位編集型である可能性が考えられる。環状RNAは安定で長期間存在し得ること(Bachmayr-Heyda et al., Sci Rep, 5, 8057 2015)を考慮するとこのような可能性も十分あり得る。すなわち、実際のALS患者由来の細胞外(体液中の)circ GRIA2はQ/R部位が未編集型であるものが分泌されている可能性が高く、健常者と比較してcirc GRIA2のQ/R部位の編集率が低下している可能性が高い。

請求の範囲

[請求項1]
 ALSの病態を診断する方法であって、診断サンプル中に存在するADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定する工程を含む、前記方法。
[請求項2]
 ALSの病態を診断する方法であって、以下の(a)~(d)の工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
(a)診断サンプル中に存在するRNAのADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定する工程、
(b)工程(a)で同定したヌクレオチドがアデニン(A)またはイノシン(I)である割合を算出する工程、および
(c)工程(b)で算出したAまたはIの割合と、健常者のADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドがAまたはIである割合とを、各々、比較する工程
[請求項3]
 前記ADAR2依存性A-I RNA編集部位が、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第178番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第191番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第192番目の位置、配列番号2で表されるCYFIP2 mRNAの核酸配列中第171番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第28番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第498番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第202番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第672番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第720番目の位置、配列番号5で表されるTMEM63B mRNAの核酸配列中第157番目の位置および/または配列番号6で表されるcirc GRIA2(has_circ_0125620)の核酸配列中第409番目であることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
[請求項4]
 前記診断サンプルが体液由来であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の方法。
[請求項5]
 前記体液が、髄液または血液のいずれかであることを特徴とする請求項4に記載の方法。
[請求項6]
 ALSの病態を診断するためのバイオマーカーであって、ADAR2依存性A-I RNA編集部位を有する1または複数のRNA分子からなるバイオマーカー。
[請求項7]
 前記ADAR2依存性A-I RNA編集部位が、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第178番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第191番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第192番目の位置、配列番号2で表されるCYFIP2 mRNAの核酸配列中第171番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第28番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第498番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第202番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第672番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第720番目の位置、配列番号5で表されるTMEM63B mRNAの核酸配列中第157番目の位置および/または配列番号6で表されるcirc GRIA2(has_circ_0125620)の核酸配列中第409番目であることを特徴とする請求項6に記載のバイオマーカー。
[請求項8]
 ADAR2依存性A-I RNA編集部位を有する1または複数のRNA分子のALSバイオマーカーとしての使用。
[請求項9]
 前記ADAR2依存性A-I RNA編集部位が、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第178番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第191番目の位置、配列番号1で表されるADAR2 pre-mRNAの核酸配列中第192番目の位置、配列番号2で表されるCYFIP2 mRNAの核酸配列中第171番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第28番目の位置、配列番号3で表されるGluA2 mRNAの核酸配列中第498番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第202番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第672番目の位置、配列番号4で表されるSON mRNAの核酸配列中第720番目の位置、配列番号5で表されるTMEM63B mRNAの核酸配列中第157番目の位置および/または配列番号6で表されるcirc GRIA2(has_circ_0125620)の核酸配列中第409番目であることを特徴とする請求項8に記載の使用。
[請求項10]
 ALSの病態を診断するために使用するキットであって、少なくともADAR2依存性A-I RNA編集部位のヌクレオチドを同定するための要素を含むキット。

図面

[ 図 1]

[ 図 2]

[ 図 3]

[ 図 4]

[ 図 5]

[ 図 6]