明 細 書
発明の名称 : 熱安定性向上リジン脱炭酸酵素変異体を用いる1,5-ペンタジアミンの製造方法
技術分野
[0001]
本発明は、熱安定性向上リジン脱炭酸酵素変異体を用いる1,5-ペンタジアミンの製造方法などに関する。
背景技術
[0002]
1,5-ペンタジアミン(カダベリンとも呼ばれる。以下、必要に応じて、「1,5-PD」と略記する)は、ポリアミド樹脂などの樹脂原料として、あるいは医薬中間体として需要が見込まれる物質である。1,5-PDは、非石油系原料から製造可能であるため、環境負荷の低減という観点からも工業的に注目されている。
[0003]
1,5-PDの生物学的製造方法では、リジン脱炭酸酵素(LDC)が利用されている。LDCは、リジンから1,5-PDおよびCO
2を生成する酵素である。LDCを用いる1,5-PDの製造方法としては、例えば、大腸菌(Eschrichia coli)(特許文献1~3)、シニクイチ(Heimia salicofolia)(非特許文献1)、大豆(Glycine max)(非特許文献2)、ハウチワマメ(Lupinus polyphyllus)(非特許文献3)由来のLDCを用いる方法が報告されている。
先行技術文献
特許文献
[0004]
特許文献1 : 特開第2002-223770号公報
特許文献2 : 特開第2008-193899号公報
特許文献3 : 国際公開第2013/108859号
非特許文献
[0005]
非特許文献1 : Pelosi,L.A. et al.,Phytochemistry 25,2315-2319(1986)
非特許文献2 : Kim,H.S.et al.,Arch.Biochem.Biophys.354,40-46(1998)
非特許文献3 : Hartmann T.et al.,FEBS Letters,115,35-38(1980)
発明の概要
発明が解決しようとする課題
[0006]
LDCは、非分泌タンパク質である。したがって、LDCを発現する微生物を用いる方法では、微生物内に存在するLDCは、培養液中に添加されたリジンが微生物内に吸収されない限り反応できないことから、1,5-PDを効率的に製造することができない。微生物内に存在するLDCを、培養液中に添加されたリジンと反応させるため、微生物を破砕することは有効であるが、実際の生産現場において大量の微生物を破砕するのは負荷が大きい(例、相当の労力およびコスト)という課題がある。したがって、本発明の目的は、実際の生産現場により適した様式において、1,5-PDを効率的に製造することである。
課題を解決するための手段
[0007]
本発明者らは、鋭意検討した結果、微生物を破砕するのではなく、熱安定性LDCを用いて微生物を熱処理しても、リジンから1,5-PDを効率良く生成できることを見出した。本発明者らはまた、このような方法に好適に用いることができる熱安定性を示す変異型LDCを作製することなどに成功し、もって本発明を完成するに至った。
[0008]
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕下記:
(a)配列番号1のアミノ酸配列、
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、もしくは付加を含むアミノ酸配列、または
(c)配列番号1のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
のいずれかのアミノ酸配列において、3番目のValに相当するアミノ酸残基、590番目のAlaに相当するアミノ酸残基、および690番目のGluに相当するアミノ酸残基からなる群より選ばれる1以上のアミノ酸残基が置換されており、かつ、熱安定性が向上している変異型リジン脱炭酸酵素の作用により、L-リジンおよび/またはその塩から1,5-ペンタメチレンジアミンを生成することを含む、1,5-ペンタメチレンジアミンの製造方法。
〔2〕前記変異型リジン脱炭酸酵素をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターで形質転換された微生物を用いて、L-リジンおよび/またはその塩から1,5-ペンタメチレンジアミンを生成することを含む、上記〔1〕の方法。
〔3〕前記置換が、3番目のValに相当するアミノ酸残基のIleへの置換、590番目のAlaに相当するアミノ酸残基のThrへの置換、または690番目のGluに相当するアミノ酸残基のGlyへの置換である、上記〔1〕または〔2〕の方法。
〔4〕前記微生物が熱処理される、上記〔2〕または〔3〕の方法。
〔5〕前記微生物がエシェリヒア・コリである、〔2〕~〔4〕のいずれかの方法。
〔6〕下記:
(a)配列番号1のアミノ酸配列、
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、もしくは付加を含むアミノ酸配列、または
(c)配列番号1のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
のいずれかのアミノ酸配列において、3番目のValに相当するアミノ酸残基、590番目のAlaに相当するアミノ酸残基、および690番目のGluに相当するアミノ酸残基からなる群より選ばれる1以上のアミノ酸残基が置換されており、かつ、熱安定性が向上している変異型リジン脱炭酸酵素。
〔7〕前記置換が、3番目のValに相当するアミノ酸残基のIleへの置換、590番目のAlaに相当するアミノ酸残基のThrへの置換、または690番目のGluに相当するアミノ酸残基のGlyへの置換である、〔6〕の変異型リジン脱炭酸酵素。
〔8〕〔6〕または〔7〕の変異型リジン脱炭酸酵素をコードするポリヌクレオチド。
〔9〕〔8〕のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
〔10〕〔9〕の発現ベクターを含む微生物。
〔11〕前記微生物がエシェリヒア・コリである、〔10〕の微生物。
発明の効果
[0009]
本発明の方法は、実際の生産現場により適した様式において、1,5-PDを効率的に製造することができる。
図面の簡単な説明
[0010]
[図1] 図1は、68℃加熱処理後の野生型酵素および変異型酵素の残存活性を示す図である。CadA220:野生型酵素;CadA231:V3I変異体;CadA233:A590T変異体;CadA234:V3I/A590T変異体。
[図2] 図2は、変異型リジン脱炭酸酵素を用いた1,5-PDの製造におけるキレート剤の添加の効果を示す図である。
発明を実施するための形態
[0011]
本発明は、変異型リジン脱炭酸酵素の作用により、L-リジンおよび/またはその塩から1,5-ペンタメチレンジアミンを生成することを含む、1,5-ペンタメチレンジアミンの製造方法を提供する。
[0012]
変異型リジン脱炭酸酵素としては、熱安定性が向上したものを用いることができる。具体的には、このような変異型リジン脱炭酸酵素としては、
(a)配列番号1のアミノ酸配列、
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、もしくは付加を含むアミノ酸配列、または
(c)配列番号1のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
のいずれかのアミノ酸配列において、熱安定性を向上させる1以上のアミノ酸残基の変異を有し、かつ、リジン脱炭酸活性を有するものを用いることができる。
本発明において、リジン脱炭酸活性とは、リジンを1,5-PDに転換する活性をいう。
本発明はまた、このような変異型リジン脱炭酸酵素を提供する。
[0013]
本発明の変異型リジン脱炭酸酵素は、大腸菌(Eschrichia coli)に由来し得る。大腸菌及び類縁種由来の
(a)配列番号1のアミノ酸配列、
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、もしくは付加を含むアミノ酸配列、または
(c)配列番号1のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
のいずれかのアミノ酸配列を保有する酵素でリジン脱炭酸活性を有する酵素をもとに、安定性を向上させる1以上のアミノ酸残基の変異を導入することができる。大腸菌由来のリジン脱炭酸酵素は、CadAとも呼ばれ、サブユニット分子量81kDaの単量体から構成される10量体を形成することが知られている。
[0014]
上記(b)のアミノ酸配列は、1または数個のアミノ酸残基の変異(例、置換、欠失、挿入、および付加)を含んでいてもよい。変異の数は、例えば1~50個、好ましくは1~40個、より好ましくは1~30個、さらにより好ましくは1~20個、最も好ましくは1~10個(例、1、2、3、4または5個)である。
[0015]
上記(c)のアミノ酸配列は、配列番号1のアミノ酸配列に対して少なくとも90%以上のアミノ酸配列同一性を有していてもよい。アミノ酸配列の同一性パーセントは、好ましくは92%以上、より好ましくは95%以上、さらにより好ましくは97%以上、最も好ましくは98%以上または99%以上であってもよい。
[0016]
アミノ酸配列の同一性は、例えばKarlinおよびAltschulによるアルゴリズムBLAST(Pro.Natl.Acad.Sci.USA,90,5873(1993))、PearsonによるFASTA(MethodsEnzymol.,183,63(1990))を用いて決定することができる。このアルゴリズムBLASTに基づいて、BLASTPとよばれるプログラムが開発されているので(http://www.ncbi.nlm.nih.gov参照)、これらのプログラムをデフォルト設定で用いて、アミノ酸配列の同一性を計算してもよい。また、アミノ酸配列の同一性としては、例えば、Lipman-Pearson法を採用している株式会社ゼネティックスのソフトウェアGENETYX Ver7.0.9を使用し、ORFにコードされるポリペプチド部分全長を用いて、Unit Size to Compare=2の設定でSimilarityをpercentage計算させた際の数値を用いてもよい。アミノ酸配列の同一性として、これらの計算で導き出される値のうち、最も低い値を採用してもよい。
[0017]
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、もしくは付加を含むアミノ酸配列、および(c)配列番号1のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列の調製のため、配列番号1のアミノ酸配列に対して変異が導入され得るアミノ酸残基の位置は、当業者に明らかであり、例えば、アミノ酸配列のアライメントを参考にして変異を導入することができる。具体的には、当業者は、1)複数のホモログ(既知のリジン脱炭酸酵素)のアミノ酸配列を比較し、2)相対的に保存されている領域、および相対的に保存されていない領域を明らかにし、次いで、3)相対的に保存されている領域および相対的に保存されていない領域から、それぞれ、機能に重要な役割を果たし得る領域および機能に重要な役割を果たし得ない領域を予測できるので、構造・機能の相関性を認識できる。したがって、当業者は、熱安定性を向上させる1以上のアミノ酸残基の変異が導入される、(b)および(c)のアミノ酸配列を決定することができる。
[0018]
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、もしくは付加を含むアミノ酸配列、および(c)配列番号1のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列の調製のため、配列番号1のアミノ酸配列に対してアミノ酸残基の変異が導入され、かつ当該アミノ酸残基の変異が置換である場合、アミノ酸残基のこのような置換は、保存的置換であってもよい。用語「保存的置換」とは、所定のアミノ酸残基を、類似の側鎖を有するアミノ酸残基で置換することをいう。類似の側鎖を有するアミノ酸残基のファミリーは、当該分野で周知である。例えば、このようなファミリーとしては、塩基性側鎖を有するアミノ酸(例、リジン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖を有するアミノ酸(例、アスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電性極性側鎖を有するアミノ酸(例、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖を有するアミノ酸(例、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β位分岐側鎖を有するアミノ酸(例、スレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖を有するアミノ酸(例、チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)、ヒドロキシル基(例、アルコール性、フェノール性)含有側鎖を有するアミノ酸(例、セリン、スレオニン、チロシン)、および硫黄含有側鎖を有するアミノ酸(例、システイン、メチオニン)が挙げられる。非荷電性極性側鎖を有するアミノ酸および非極性側鎖を有するアミノ酸を包括的に、中性アミノ酸と呼称することがある。好ましくは、アミノ酸の保存的置換は、アスパラギン酸とグルタミン酸との間での置換、アルギニンとリジンとヒスチジンとの間での置換、トリプトファンとフェニルアラニンとの間での置換、フェニルアラニンとバリンとの間での置換、ロイシンとイソロイシンとアラニンとの間での置換、およびグリシンとアラニンとの間での置換であってもよい。
[0019]
本発明の変異型リジン脱炭酸酵素は、熱安定性を向上するように少なくとも1つのアミノ酸残基を変異させたものである。アミノ酸残基の変異としては、例えば、置換、欠失、付加および挿入が挙げられるが、置換が好ましい。変異されるべきアミノ酸残基は、天然のL-α-アミノ酸である、L-アラニン(A)、L-アスパラギン(N)、L-システイン(C)、L-グルタミン(Q)、L-イソロイシン(I)、L-ロイシン(L)、L-メチオニン(M)、L-フェニルアラニン(F)、L-プロリン(P)、L-セリン(S)、L-スレオニン(T)、L-トリプトファン(W)、L-チロシン(Y)、L-バリン(V)、L-アスパラギン酸(D)、L-グルタミン酸(E)、L-アルギニン(R)、L-ヒスチジン(H)、またはL-リジン(K)、あるいはグリシン(G)である。変異が置換、付加または挿入である場合、置換、付加または挿入後のアミノ酸残基は、上述した変異されるべきアミノ酸残基と同様である。以下、アミノ酸の表記について、Lおよびαを省略することがある。
[0020]
熱安定性を向上するアミノ酸残基の変異を含む本発明の変異型リジン脱炭酸酵素は、(a)配列番号1のアミノ酸配列、(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、もしくは付加を含むアミノ酸配列、または(c)配列番号1のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列において、3番目のValに相当するアミノ酸残基、590番目のAlaに相当するアミノ酸残基、および690番目のGluに相当するアミノ酸残基からなる群より選ばれる1以上のアミノ酸残基の置換を含むものであってもよい。(b)および(c)のアミノ酸配列において上記所定のアミノ酸残基に相当する位置は、当業者であれば適宜決定することができる。本発明の変異型リジン脱炭酸酵素は、上記位置の置換を複数(例、2個または3個)組み合わせて含んでいてもよい。3番目のValに相当するアミノ酸残基は、好ましくは、イソロイシン残基に置換される。590番目のAlaに相当するアミノ酸残基は、好ましくは、非荷電性極性側鎖を有するアミノ酸残基であり、より好ましくは、スレオニン残基である。690番目のGluに相当するアミノ酸残基は、好ましくは、中性アミノ酸残基であり、より好ましくは、非極性側鎖を有するアミノ酸残基であり、さらにより好ましくは、グリシン残基である。
[0021]
本発明の変異型リジン脱炭酸酵素はまた、C末端またはN末端に、他のペプチド成分(例、タグ部分)を有していてもよい。本発明の変異型リジン脱炭酸酵素に付加され得る他のペプチド成分としては、例えば、目的タンパク質の精製を容易にするペプチド成分(例、ヒスチジンタグ、Strep-tag II等のタグ部分;グルタチオン-S-トランスフェラーゼ、マルトース結合タンパク質等の目的タンパク質の精製に汎用されるタンパク質)、目的タンパク質の可溶性を向上させるペプチド成分(例、Nus-tag);シャペロンとして働くペプチド成分(例、トリガーファクター);他の機能をもつタンパク質あるいはタンパク質のドメインあるいはそれらとをつなぐリンカーとしてのペプチド成分が挙げられる。
[0022]
本発明の1,5-PDの製造方法では、上述したような変異型リジン脱炭酸酵素の作用により、L-リジンおよび/またはその塩から1,5-PDが生成される。L-リジンの塩としては、無機酸塩(例、塩酸塩)、無機塩基塩(例、アンモニウム塩)、有機酸塩(例、酢酸塩)、および有機塩基塩(例、トリエチルアミン塩)等の非金属塩、ならびにアルカリ金属塩(例、ナトリウム塩、カリウム塩)、およびアルカリ土類金属塩(例、カルシウム塩、マグネシウム塩)等の金属塩が挙げられる。
[0023]
好ましくは、1,5-PDの生成は、変異型リジン脱炭酸酵素をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターで形質転換された微生物(即ち、後述するような本発明の形質転換体)を用いて行われる。本発明の形質転換体を用いて1,5-PDが生成される場合、1,5-PD生成のための培養条件は、後述するような形質転換体の培養条件と同様である。
[0024]
本発明の形質転換体を用いて1,5-PDが生成される場合、非分泌タンパク質であるリジン脱炭酸酵素を形質転換体外に放出させるため、本発明の形質転換体を熱処理することができる。熱処理としては、例えば、40℃以上の温度(例、40℃~70℃、好ましくは50℃~60℃)で10分~12時間(例、1~6時間、好ましくは1時間~3時間)の加熱処理が挙げられる。形質転換体の熱処理は、培養後のブロスのままであっても、緩衝液などに再懸濁したものであってもよい。本発明の形質転換体を用いて1,5-PDが生成される場合、1,5-PDの収量を向上させるため、本発明の形質転換体の培養液中にL-リジンおよび/またはその塩を追加することができる。
[0025]
本発明の1,5-PDの製造方法は、金属キレート剤の存在下で行われてもよい。1,5-PDの製造は、鉄を含有する金属性発酵タンク等の鉄含有容器中で行うことができるが、例えば、基質としてリジン塩酸塩を用いた場合、塩化物イオンが鉄含有容器からの鉄の溶離を促進し得る。配列番号1のアミノ酸配列からなるリジン脱炭酸酵素は、鉄により酵素活性が阻害される性質を有するので、上記のとおり溶離した鉄は、本リジン脱炭酸酵素の酵素活性を阻害し得る。したがって、阻害剤として作用する鉄を捕捉するため、金属キレートを利用することができる。金属キレート剤は、鉄を捕捉できるものであれば単座キレート剤であっても多座キレート剤であってもよく、例えば、ポリホスフェート類(例、トリポリリン酸ナトリウム、ヘキサメタリン酸、酸性ピロリン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、ピロリン酸四ナトリウム、ヘキサメタリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム);アミノカルボン酸類(例、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、1,2-ビス(2-アミノ-フェノキシ)エタン-N,N,N’N’-四酢酸(EGTA)、エチレンビス(オキシエチレンニトリロ)四酢酸(BAPTA)、N-(ヒドロキシエチル)-エチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)、N-ジヒドロキシエチルグリシン(2-HxG)、エチレンビス(ヒドロキシフェニル-グリシン)(EHPG)、グルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン、リジン);1,3-ジケトン類(例、アセチルアセトン、トリフルオロアセチルアセトン、テノイルトリフルオロアセトン、アスコルビン酸);ヒドロキシカルボン酸類(例、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、フェルラ酸、乳酸、グルクロン酸);ポリアミン類(例、ジエチレントリアミン、トリエチレントリアミン);アミノアルコール類(例、トリエタノールアミン、N-ヒドロキシエチレン-ジアミン、アミノエチルエタノールアミン(AEEA);フェノール類(例、ジスルホピロカテコール、クロモトロプ酸);アミノフェノール類(例、オキシンスルホン酸);シッフ塩基(例、ジサリチルアルデヒド1,2-プロピレンジイミン)が挙げられる。金属キレート剤の濃度は、例えば0.1~10mM、好ましくは0.5~2mMである。
[0026]
本発明はまた、本発明の変異型リジン脱炭酸酵素をコードするポリヌクレオチドを提供する。本発明のポリヌクレオチドは、DNAであってもRNAであってもよいが、DNAであることが好ましい。
[0027]
本発明の変異型リジン脱炭酸酵素は、本発明の変異型リジン脱炭酸酵素を発現する本発明の形質転換体を用いて、または無細胞系等を用いて、調製することができる。本発明の形質転換体は、例えば、本発明の発現ベクターを作製し、次いで、この発現ベクターを宿主に導入することにより作製できる。
[0028]
本発明の発現ベクターは、本発明の変異型リジン脱炭酸酵素をコードする本発明のポリヌクレオチドを含む。
本発明の発現ベクターとしては、例えば、宿主においてタンパク質を発現させる細胞系ベクター、およびタンパク質翻訳系を利用する無細胞系ベクターが挙げられる。発現ベクターはまた、プラスミド、ウイルスベクター、ファージ、組込み型(integrative)ベクター、または人工染色体であってもよい。組込み型ベクターは、その全体が宿主細胞のゲノムに組み込まれるタイプのベクターであってもよい。あるいは、組込み型ベクターは、その一部(例、本発明の変異型リジン脱炭酸酵素をコードする本発明のポリヌクレオチド、およびそれに作動可能に連結されたプロモーターを含む発現単位)のみが宿主細胞のゲノムに組み込まれるタイプのベクターであってもよい。発現ベクターはさらに、DNAベクターまたはRNAベクターであってもよい。
本発明の発現ベクターはまた、本発明のポリヌクレオチドに加えて、プロモーター、ターミネーターおよび薬剤(例、テトラサイクリン、アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン、ホスフィノスリシン)耐性遺伝子をコードする領域等の領域をさらに含むことができる。本発明の発現ベクターは、プラスミドであっても組込み型(integrative)ベクターであってもよい。本発明の発現ベクターはまた、ウイルスベクターであっても無細胞系用ベクターであってもよい。本発明の発現ベクターはさらに、本発明のポリヌクレオチドに対して3’または5’末端側に、本発明の変異型リジン脱炭酸酵素に付加され得る他のペプチド成分をコードするポリヌクレオチドを含んでいてもよい。他のペプチド成分をコードするポリヌクレオチドとしては、例えば、上述したような目的タンパク質の精製を容易にするペプチド成分をコードするポリヌクレオチド、上述したような目的タンパク質の可溶性を向上させるペプチド成分をコードするポリヌクレオチド、シャペロンとして働くペプチド成分をコードするポリヌクレオチド、他の機能をもつタンパク質あるいはタンパク質のドメインあるいはそれらとをつなぐリンカーとしてのペプチド成分をコードするポリヌクレオチドが挙げられる。他のペプチド成分をコードするポリヌクレオチドを含む種々の発現ベクターが利用可能である。したがって、本発明の発現ベクターの作製のため、このような発現ベクターを利用してもよい。例えば、目的タンパク質の精製を容易にするペプチド成分をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクター(例、pET-15b、pET-51b、pET-41a、pMAL-p5G)、目的タンパク質の可溶性を向上させるペプチド成分をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクター(例、pET-50b)、シャペロンとして働くペプチド成分をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクター(例、pCold TF)、他の機能をもつタンパク質あるいはタンパク質のドメインあるいはそれらとをつなぐリンカーとしてのペプチド成分をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを利用することができる。本発明の変異型リジン脱炭酸酵素とそれに付加された他のペプチド成分との切断をタンパク質発現後に可能にするため、本発明の発現ベクターは、プロテアーゼによる切断部位をコードする領域を、本発明の変異型リジン脱炭酸酵素をコードするポリヌクレオチドと他のペプチド成分をコードするポリヌクレオチドとの間に含んでいてもよい。
[0029]
本発明の変異型リジン脱炭酸酵素を発現させるための宿主としては、例えばエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)等のエシェリヒア属細菌、コリネバクテリウム属細菌〔例、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)〕、およびバチルス属細菌〔例、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)〕をはじめとする種々の原核細胞、サッカロマイセス属細菌〔例、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)〕、ピヒア属細菌〔例、ピヒア・スティピティス(Pichia stipitis)〕、アスペルギルス属細菌〔例、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)〕をはじめとする種々の真核細胞を用いることができる。宿主としては、所定の遺伝子を欠損する株を用いてもよい。形質転換体としては、例えば、細胞質中に発現ベクターを保有する形質転換体、およびゲノム上に目的遺伝子が導入された形質転換体が挙げられる。
[0030]
本発明の形質転換体は、所定の培養装置(例、試験管、フラスコ、ジャーファーメンター)を用いて、例えば後述の組成を有する培地において培養することができる。培養条件は適宜設定することができる。具体的には、培養温度は10℃~37℃であってもよく、pHは6.5~7.5であってもよく、培養時間は1h~100hであってもよい。また、溶存酸素濃度を管理しつつ培養を行っても良い。この場合、培養液中の溶存酸素濃度(DO値)を制御の指標として用いることがある。大気中の酸素濃度を21%とした場合の相対的な溶存酸素濃度DO値が、例えば1~10%を、好ましくは3%~8%を下回らない様に、通気・攪拌条件を制御することが出来る。また、培養はバッチ培養であっても、フェドバッチ培養であっても良い。フェドバッチ培養の場合は糖源となる溶液やリン酸を含む溶液を培養液に連続的あるいは不連続的に逐次添加して、培養を継続することも出来る。
[0031]
形質転換される宿主は、上述したとおりであるが、大腸菌について詳述すると、大腸菌K12株亜種のエシェリヒア コリ JM109株、DH5α株、HB101株、BL21(DE3)株などから選択することが出来る。形質転換を行う方法、および形質転換体を選別する方法は、Molecular Cloning: A Laboratory Manual,3rd edition,Cold Spring Harbor press(2001/01/15)などにも記載されている。以下、形質転換された大腸菌を作製し、これを用いて所定の酵素を製造する方法を、一例としてより具体的に説明する。
[0032]
本発明のポリヌクレオチドを発現させるプロモーターとしては、通常E.coliにおける異種タンパク質生産に用いられるプロモーターを使用することができ、例えば、PhoA、PhoC、T7プロモーター、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、ラムダファージのPRプロモーター、PLプロモーター、T5プロモーター等の強力なプロモーターが挙げられ、PhoA、PhoC、lacが好ましい。また、ベクターとしては、例えば、pUC(例、pUC19、pUC18)、pSTV、pBR(例、pBR322)、pHSG(例、pHSG299、pHSG298、pHSG399、pHSG398)、RSF(例、RSF1010)、pACYC(例、pACYC177、pACYC184)、pMW(例、pMW119、pMW118、pMW219、pMW218)、pQE(例、pQE30)、およびその誘導体等を用いてもよい。他のベクターとしては、ファージDNAのベクターを利用してもよい。さらに、プロモーターを含み、挿入DNA配列を発現させることができる発現ベクターを使用してもよい。好ましくは、ベクターは、pUC、pSTV、pMWであってもよい。
[0033]
また、本発明のポリヌクレオチドの下流に転写終結配列であるターミネーターを連結してもよい。このようなターミネーターとしては、例えば、T7ターミネーター、fdファージターミネーター、T4ターミネーター、テトラサイクリン耐性遺伝子のターミネーター、大腸菌trpA遺伝子のターミネーターが挙げられる。
[0034]
本発明のポリヌクレオチドを大腸菌に導入するためのベクターとしては、いわゆるマルチコピー型のものが好ましく、ColE1由来の複製開始点を有するプラスミド、例えばpUC系のプラスミドやpBR322系のプラスミドあるいはその誘導体が挙げられる。ここで、「誘導体」とは、塩基の置換、欠失、挿入および/または付加などによってプラスミドに改変を施したものを意味する。
[0035]
また、形質転換体を選別するために、ベクターがアンピシリン耐性遺伝子等のマーカーを有することが好ましい。このようなプラスミドとして、強力なプロモーターを持つ発現ベクターが市販されている〔例、pUC系(タカラバイオ社製)、pPROK系(クローンテック製)、pKK233-2(クローンテック製)〕。
[0036]
得られた本発明の発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換し、この大腸菌を培養することにより、本発明の変異型リジン脱炭酸酵素を得ることができる。
[0037]
培地としては、M9-カザミノ酸培地、LB培地など、大腸菌を培養するために通常用いる培地を用いてもよい。培地は、所定の炭素源、窒素源、補酵素(例、塩酸ピリドキシン)を含有していてもよい。具体的には、ペプトン、酵母エキス、NaCl、グルコース、MgSO
4、硫酸アンモニウム、リン酸2水素カリウム、硫酸第二鉄、硫酸マンガン、などを用いても良い。また、培養条件、生産誘導条件は、用いたベクターのマーカー、プロモーター、宿主菌等の種類に応じて適宜選択される。
[0038]
本発明の変異型リジン脱炭酸酵素を回収するには、以下の方法などがある。本発明の変異型リジン脱炭酸酵素は、本発明の形質転換体を回収した後、菌体を破砕(例、ソニケーション、ホモジナイゼーション)あるいは溶解(例、リゾチーム処理)することにより、破砕物および溶解物として得ることができる。このような破砕物および溶解物を、抽出、沈澱、濾過、カラムクロマトグラフィー等の手法に供することにより、本発明の変異型リジン脱炭酸酵素を得ることができる。あるいは、本発明の変異型リジン脱炭酸酵素の回収は、本発明の形質転換体を、上述したような熱処理に付した後に行うことができる。
実施例
[0039]
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[0040]
実施例1:Escherichia coli由来リジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)のクローニング、変異導入および熱安定性向上変異体のスクリーニング
(1)cadA遺伝子のクローニングと変異型リジン脱炭酸酵素(CadA)発現ライブラリー構築
特開第2008-193899号公報の実施例1に記載の方法に従いEscherichia coli W3110(ATCC39936)の染色体を鋳型として、PCR法によりリジン脱炭酸酵素遺伝子(cadA)を含むDNA断片を増幅した。これを改変型Enterobacter属酸性フォスファターゼプロモーターと共にプラスミドpUC19(タカラバイオ)のXbaI-PstIサイトに連結した高発現プラスミドを構築し、pCadA220と命名した。
[0041]
pCadA220で、ランダム突然変異導入に用いられるEscherichia coli XL1-Red コンピテントセル(アジレント・テクノロジー)を形質転換し、形質転換体をアンピシリン100μg/mlを含むLB培地3mlに接種し、30℃で24時間培養した。この菌体よりランダム突然変異の導入されたプラスミドを回収し、次いで本プラスミドでEscherichia coli JM109株を形質転換した。形質転換体をアンピシリン100μg/mlを含むLB寒天培地にプレーティングし、変異型CadA発現ライブラリーを構築した。
[0042]
(2)熱安定性向上変異体の取得
変異型リジン脱炭酸酵素遺伝子を導入した各形質転換体のコロニーを釣菌し、アンピシリン100μg/mlを含むLB培地1mlに接種し、30℃で24時間培養した。この培養液10μlに100mM 2-(N-morpholino) ethanesulfonic acid(MES)-NaOH buffer(pH6.0) 18μl、FastBreak Cell Lysis Reagent(Promega)2.7μlを添加し、37℃で30分保温して菌体を溶菌させた。次いで、この溶菌液を65℃まで加熱し、2時間保温した。加熱処理後、リジンHCl塩 10g/l、MES 21.3g/l(100mM)、Pyridoxal-5’-phosphate(PLP) 26.5mg/l、Bromocresol purple 20mg/lを含む反応液190μl(pH5.5)を添加し、37℃で40分反応させた。この条件では野生型酵素は失活し、脱炭酸反応が進まなくなる。上記条件で熱処理後も活性を保持し、野生型酵素発現菌よりも多く1,5-PDを生成することを指標に、熱安定向上CadAを発現した候補株3株を得た。これらのE.coli JM109株の形質転換体を順にCadA231、CadA232、CadA233株と命名した。
[0043]
リジン脱炭酸酵素活性は、特開第2008-193899号公報に記載の方法に準じて測定した。10g/l(55mM)L-リジンHCl塩、および26.5mg/l(0.1mM) PLPを含む100mM MES-NaOH緩衝液(pH6.0)を含む反応液1mlに菌体懸濁液またはその処理物0.1mlを添加して37℃で5分間反応した。反応液0.1mlを採取して1mlの1%(v/v)リン酸に添加し、反応を停止した。リジンおよび1,5-PDをポストカラムOPA法(S.R.Vale and M.B.Gloria,Journal Of AOAC International(1997) vol.80,p.1006-1012)によりHPLCで定量する方法、もしくは残存するL-リジンをバイオセンサBF-5(王子計測機器株式会社)にて定量する方法で測定した。本条件で1分間に1μmolの1,5-PDを生成する活性を1unitとした。
[0044]
実施例2:変異型リジン脱炭酸酵素(CadA)の変異部位の解析および安定性評価
(1)変異型リジン脱炭酸酵素の変異部位解析
実施例1にて取得した変異型cadA遺伝子を保持するE.coli JM109形質転換体の培養液から、プラスミドを調製し、それぞれpCadA231、pCadA232、pCadA233と命名した。
DNA Sequencing Kit Dye Terminator Cycle Sequencing Ready Reaction(PERKIN ELMER)を用いたDye Terminator法により、310 Genetic analyzer(ABI)にてヌクレオチド配列を決定し、導入された変異とアミノ酸残基の置換部位を確認した。ヌクレオチド配列の解析には表1に示すプライマーを用いた。
[0045]
[表1]
[0046]
その結果、安定性の向上した変異型酵素では、表2に示すヌクレオチド残基の置換により、対応するアミノ酸残基が置換されていることが確認された。
[0047]
[表2]
[0048]
(2)変異型リジン脱炭酸酵素の安定性評価
各形質転換体をアンピシリン100μg/mlを含むL培地50mlを入れた500ml容坂口フラスコに接種し、30℃で16時間振盪培養した。該培養液から遠心分離により菌体を集め、生理食塩水で1回洗浄した後、菌体を5mlの100mMリン酸カリウムバッファー(pH7.0)に懸濁し、4℃で20分間超音波処理を行い破砕した。処理液を8,000r.p.m.で10分間遠心分離して不溶性画分を除き、無細胞抽出液を調製した。
[0049]
得られた無細胞抽出液を100mM MES-NaOH緩衝液(pH6.0)で20倍に希釈し、この粗酵素液を65℃で保温して、3および5時間後の残存活性を実施例1に記載の方法で測定した。その結果、熱処理前に変異型酵素発現株の粗酵素液の活性は野生型酵素発現株とほぼ同等の値を示した(表3)。5hの熱処理で野生型酵素は熱処理前の約半分に残存活性が低下したが、得られた変異型酵素はいずれも残存活性が高く維持されていた(表3)ことから、熱安定性が向上していることが示された。
[0050]
[表3]
[0051]
実施例3:組み合わせ変異体の構築および安定性評価
QuikChange
TM Site-Directed Mutagenesis Kit(Stratagene)を用い、CadA発現量を上昇させる為に組み合わせ変異体を構築した。プラスミドpcadA233を鋳型に、プライマーとしてv3i_r(5’-cat gtg att caa tat tgc aat aat gtt cat cta cat tcc tcc tta cg-3’(配列番号11))およびv3i_f(5’-cgt aag gag gaa tgt aga tga aca tta ttg caa tat tga atc aca tg-3’(配列番号12))オリゴヌクレチドを用いてプロトコールに従って操作をし、三番目のアミノ酸残基がVal(GTT)からIle(AAT)に変わるよう変異を導入した。実施例2記載の方法にて構築したプラスミドのヌクレオチド配列を決定し、目的の変異が導入されていることを確認し、本プラスミドをpCadA234と命名した。本願に関連して作成された変異型酵素をコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドの概要を表4に示す。本二重変異体CadA高発現菌E.coli JM109/pCadA234を実施例2と同様の方法にて培養して無細胞抽出液を調製した。無細胞抽出液の活性は663u/mlで野生型酵素発現菌とほぼ同等の活性を示した。
[0052]
[表4]
[0053]
得られた無細胞抽出液を0.1M MES-NaOH緩衝液(pH6.0)で20倍に希釈し、それぞれの粗酵素液を実施例2より高温の68℃で保温し、残存活性を経時的に測定した結果を図1に示した。68℃,1h処理で、野生株は27%まで活性が低下し、単独変異体はV3Iが47%、A590Tは27%まで失活したのに対し、二重変異体は70%の活性を維持し3h後でも約60%の活性が残存した(図1)。したがって、二重変異の相乗効果により、さらに熱安定性が向上したことが示された。
[0054]
実施例4:変異型リジン脱炭酸酵素発現菌の熱処理
実施例3の方法にて野生型および二重変異体CadAを保有するE.coli JM109/pCadA220およびE.coli JM109/pCadA234株をLB培地で培養した後、15mlの培養液を300mlの菌培養培地(グルコース25g/l,硫酸アンモニウム 5g/l,リン酸カリウム 2g/l,硫酸マグネシウム七水和物 1g/l,硫酸鉄七水和物 20mg/l,硫酸マンガン五水和物 20mg/l,チアミン塩酸塩 1mg/l,大豆加水分解物 0.45g/l,pH7)が入った500ml容ジャーファーメンター(エイブル社製)に接種し、通気量300ml/分、30℃、250rpmで12時間通気攪拌培養した。乾燥菌体量換算でE.coli JM109/pCadA220は10.1g/l、E.coli JM109/pCadA234株は10.9g/lの菌体を含む培養液が調製できた。基質透過性改善を目的に、培養液のpHを5.5に調整した後に55℃および60℃で保温し、培養液をそのまま用いて保温後の活性を測定した。結果を表5に示す。
[0055]
リジン脱炭酸酵素は菌体内に発現するため、菌体をそのまま用いても、基質のリジンが酵素に作用できず、脱炭酸反応効率は非常に悪かった。いずれの培養液も60℃で3h程度の加熱処理を行えば酵素反応に用いることができたが、野生型酵素は過剰に加熱すると、保温中に失活が起こった。耐熱性向上変異型酵素では実施例2に示した野生型酵素が失活しやすい条件でも安定に活性を保持でき、菌体を用いる場合には短時間に効率的な処理が可能であった。これより変異型酵素は反応時の温度を高く出来るだけでなく、菌体をそのまま使用する場合にも使用しやすいことが示された。
[0056]
[表5]
[0057]
実施例5:鉄イオンによる酵素活性の阻害とキレート剤添加効果
実施例2および3と同様の方法にて野生型CadAおよび二重変異体CadA高発現菌から無細胞抽出液を調製した。得られた無細胞抽出液を用い、実施例1中で示した組成に終濃度で硫酸鉄七水和物(ナカライテスク)5.65mg/l(2mM)を加え、阻害効果を測定した。一方、E.coli由来リジン脱炭酸酵素には鉄イオンによる阻害は知られていなかったが、表6に示すように、野生型酵素、変異型酵素共に2mM鉄イオン添加によって無添加時の46.8%および64.7%まで活性が阻害された。
[0058]
次いで、鉄イオンを含む反応液にエチレンジアミン四酢酸二水素二ナトリウム(EDTA)(ナカライテスク)を終濃度で1から5mMとなるように添加し、添加効果を検討した。表6に示すようにキレート剤のEDTAの添加により鉄イオン添加による阻害が回復した。
[0059]
[表6]
[0060]
実施例6:キレート剤存在下でのリジン脱炭酸反応
実施例4と同様の方法にて培養したE.coli JM109/pCadA234株(二重変異体CadA高発現株)を培養し、培養液を調製し、培養終了後に60℃で一時間加熱処理した。加熱後の活性を測定し、酵素活性が380unit/mlとなるよう希釈した。この酵素培養液30mlをリジン塩酸塩(味の素)250g/l、ピリドキサルリン酸 26.5mg/l、硫酸鉄七水和物 27.8mg/l(0.1mM)、エチレンジアミン四酢酸二水素二ナトリウム(EDTA)111.6mg/l(0.3mM)を含む反応液270mlに添加し、37℃で16時間反応を行った。対照はEDTAを添加せずに反応を行った。反応開始時のpHは5.3で反応の進行とともに上昇したが、pH7.0となった時点で30%(v/v)硫酸を添加し7.0になるようpHを維持した。
各反応条件でのリジンの消費経過を図2に示した。EDTAを添加しない条件では反応が阻害されるのに加え、途中で反応が進まなくなった。一方、EDTA添加区では活性阻害が回復し、完全にリジンが消費された。EDTA添加区では、135g/lの1,5-PDが生成し、98%の収率でリジンが変換された。一方、EDTA未添加区で反応液の1,5-PD濃度は41.8g/lに留まった。また、鉄イオン、EDTA共に無添加の反応はEDTA添加区と全く同等であった。高濃度の塩素イオンを含む溶液を金属に接触させた場合には、溶出した金属イオンにより反応阻害が起こりうるが、このモデル反応から、キレート剤の添加によって反応の安定性が改善することが示唆された。
[0061]
<1,5-PDの分析条件>
カラム;Asahipak ODP-50 4E(昭和電工社製)
カラム温度;40℃
溶離液;0.2M リン酸ナトリウム(pH7.7)+2.3mM 1-オクタンスルホン酸ナトリウム
溶離液の流量;0.5ml/min/min
産業上の利用可能性
[0062]
本発明は、ポリアミド樹脂などの樹脂原料として、あるいは医薬中間体として利用できる1,5-PDの製造に有用である。
請求の範囲
[請求項1]
下記:
(a)配列番号1のアミノ酸配列、
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、もしくは付加を含むアミノ酸配列、または
(c)配列番号1のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
のいずれかのアミノ酸配列において、3番目のValに相当するアミノ酸残基、590番目のAlaに相当するアミノ酸残基、および690番目のGluに相当するアミノ酸残基からなる群より選ばれる1以上のアミノ酸残基が置換されており、かつ、熱安定性が向上している変異型リジン脱炭酸酵素の作用により、L-リジンおよび/またはその塩から1,5-ペンタメチレンジアミンを生成することを含む、1,5-ペンタメチレンジアミンの製造方法。
[請求項2]
前記変異型リジン脱炭酸酵素をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターで形質転換された微生物を用いて、L-リジンおよび/またはその塩から1,5-ペンタメチレンジアミンを生成することを含む、請求項1記載の方法。
[請求項3]
前記置換が、3番目のValに相当するアミノ酸残基のIleへの置換、590番目のAlaに相当するアミノ酸残基のThrへの置換、または690番目のGluに相当するアミノ酸残基のGlyへの置換である、請求項1または2記載の方法。
[請求項4]
前記微生物が熱処理される、請求項2または3記載の方法。
[請求項5]
前記微生物がエシェリヒア・コリである、請求項2~4のいずれか一項記載の方法。
[請求項6]
下記:
(a)配列番号1のアミノ酸配列、
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、もしくは付加を含むアミノ酸配列、または
(c)配列番号1のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
のいずれかのアミノ酸配列において、3番目のValに相当するアミノ酸残基、590番目のAlaに相当するアミノ酸残基、および690番目のGluに相当するアミノ酸残基からなる群より選ばれる1以上のアミノ酸残基が置換されており、かつ、熱安定性が向上している変異型リジン脱炭酸酵素。
[請求項7]
前記置換が、3番目のValに相当するアミノ酸残基のIleへの置換、590番目のAlaに相当するアミノ酸残基のThrへの置換、または690番目のGluに相当するアミノ酸残基のGlyへの置換である、請求項6記載の変異型リジン脱炭酸酵素。
[請求項8]
請求項6または7記載の変異型リジン脱炭酸酵素をコードするポリヌクレオチド。
[請求項9]
請求項8記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
[請求項10]
請求項9記載の発現ベクターを含む微生物。
[請求項11]
前記微生物がエシェリヒア・コリである、請求項10記載の微生物。
図面