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1. (WO2018003908) TRANSPLANTATION MEDIUM
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明 細 書

発明の名称 移植用媒体

技術分野

0001  

背景技術

0002   0003   0004   0005   0006  

先行技術文献

特許文献

0007  

非特許文献

0008  

発明の概要

発明が解決しようとする課題

0009  

課題を解決するための手段

0010   0011   0012   0013   0014  

発明の効果

0015  

図面の簡単な説明

0016  

発明を実施するための形態

0017   0018   0019   0020   0021   0022   0023   0024   0025   0026   0027   0028   0029   0030   0031   0032   0033   0034   0035   0036   0037   0038   0039   0040   0041   0042   0043  

実施例

0044   0045   0046   0047   0048   0049   0050   0051   0052   0053   0054  

産業上の利用可能性

0055  

請求の範囲

1   2   3   4   5   6   7   8   9   10   11   12   13   14   15   16   17   18   19   20   21   22   23   24   25   26   27  

図面

1   2   3   4   5   6  

明 細 書

発明の名称 : 移植用媒体

技術分野

[0001]
 本発明は、網膜色素上皮(RPE)細胞の懸濁化剤、該懸濁化剤に懸濁されたRPE細胞含有組成物、RPE細胞を該懸濁化剤に懸濁することを含む、RPE細胞含有組成物の製造方法等に関する。

背景技術

[0002]
 網膜色素上皮(RPE)細胞は網膜の最外層に、色素を伴う一層の上皮細胞組織として存在しており、視覚を司る眼球網膜の機能維持に極めて重要な役割を担っている。その代表的な機能として、貪食機能による網膜視細胞外節の新生、視細胞外節に特異的に存在する光感受性タンパクである視物質のリサイクル及び種々のサイトカインの分泌によるRPE隣接組織である視細胞および脈絡膜の保護効果等が挙げられる。従って、RPE細胞が加齢又はその遺伝子異常等により機能不全またはそれに伴う変性ひいては細胞死を来すことで、加齢黄斑変性症(AMD)及びシュタルガルト病等の黄斑変性症または網膜色素変性症(RP)等の重篤な網膜変性を引き起こすことが知られている。特に、AMDは高齢者の中心視力の低下や失明を引き起こす眼疾患であり、今後未曽有の高齢化社会を迎える日本を含む先進国において重要な社会問題となっている。現在、AMDに対する治療法は対症療法である抗体医薬の眼内投与が一般的であり、未だに有効な治療法が確立されていないことから、その代わりとなる根治療法の開発が望まれている。さらに、シュタルガルト病およびRPに対しては現在まで有効な治療法は一切確立されていない。
 近年、AMDやRPに対する新たな治療法として、多能性幹細胞から分化誘導したRPE細胞を補充・置換する細胞移植治療が脚光を浴びていることから、細胞治療用移植材料としてのRPE細胞の活用が期待されている。例えば、Ocata Therapeutics社(旧Advanced Cell Technology(ACT)社)はヒト胚性幹細胞(ES細胞)由来のRPE細胞を用いた加齢黄斑変性症(AMD)及びシュタルガルト病の臨床研究を進めている(非特許文献1)。我が国でも、2014年に、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)由来のRPE細胞シートを滲出型AMD患者に移植する手術が実施され、世界初のiPS細胞移植治療として大いに注目を集め、現在も治療経過が順調であることが報告されている。
[0003]
 現在、RPE細胞の移植には、(1)調製したRPE細胞シートまたは足場材にRPE細胞を播種し調製した足場付きRPE細胞シートを、網膜に形成させた切開創より網膜色素上皮の変性または欠損部位に移植する方法と、(2)RPE細胞懸濁液を同様の部位に注入する方法とがある。移植用細胞の培養はGMPレベルで実施する必要があるので、前者の場合、RPE細胞シートの製造後に細胞調製施設(CPC;Cell Processing Center)から移植手術を行う施設(病院)に輸送されることになる。一方、後者の場合、例えばOcata Therapeutics社の臨床試験では、CPCで製造し凍結保存したRPE細胞を病院に輸送し、病院で解凍し、移植用媒体に懸濁した直後に手術室に持ち込み、移植を実施している。CPCから細胞を凍結状態で病院に輸送できる点で、後者は利便性が高いと考えられる。
[0004]
 しかしながら、凍結・解凍処理を施すことにより、移植細胞への損傷が引き起こされる可能性は否定できない。従来、局所に移植される終末分化細胞や組織は、生体間移植や凍結工程を含まない製造による供与が一般的だった。止むを得ず凍結保存された細胞を移植する場合には、凍結・解凍工程により細胞や組織の構造の損傷と機能低下が危惧されていた。局所における細胞移植治療を実現する上で、凍結保存細胞の機能低下の抑制は大きな課題であるが、解凍直後のRPE細胞を移植することによる治療効果への影響については、これまで検討がなされていない。
[0005]
 ポロキサマー188(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(30)グリコール)は、物理的・化学的に損傷した細胞膜を修復することで細胞保護効果を示すことが知られており、これまでに、筋ジストロフィー、心不全、神経変性疾患、電気的損傷等の病態の治療や、移植等の医療応用における細胞膜封止剤としてのポロキサマー188の使用に関する特許及び特許出願がいくつかなされている(非特許文献2)。例えば、Austenらは、脂肪吸引時に損傷した脂肪組織の細胞膜を、ポロキサマー188を用いて封止する方法を開示している(特許文献1)。彼らはさらに、凍結保存細胞をポロキサマー188の存在下で解凍することで凍結保存細胞の生存率を向上させる方法を開示している(特許文献2)。
[0006]
 しかしながら、RPE細胞の移植や凍結保存したRPE細胞の解凍時におけるポロキサマー188の使用についてはこれまでに報告はない。

先行技術文献

特許文献

[0007]
特許文献1 : 特許第5795961号公報
特許文献2 : 特表2012-533620号公報

非特許文献

[0008]
非特許文献1 : Schwartz et al., Lancet, 379: 713-720 (2012)
非特許文献2 : Moloughney et al., Recent Pat. Biotechnol., 6(3): 200-211 (2012)

発明の概要

発明が解決しようとする課題

[0009]
 本発明の目的は、黄斑変性症や網膜色素変性症(RP:retinitis pigmentosa)等の網膜変性疾患の治療のためのRPE細胞の使用に適したRPE細胞の懸濁化剤及び該懸濁化剤に懸濁されたRPE細胞含有組成物を提供することであり、また、RPE細胞を該懸濁化剤に懸濁することを含む、移植に適したRPE細胞含有組成物の製造方法などを提供することである。

課題を解決するための手段

[0010]
 本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討を重ねる中で、解凍後に添加する移植用媒体(懸濁化剤)中にポロキサマー188を添加すると、凍結保存RPE細胞の解凍後の生存率及び回収率が向上することを見出した。
[0011]
 ES細胞由来のRPE細胞を用いた黄斑変性症に対する治験においては、凍結保存したRPE細胞を解凍直後に移植しているが(上記非特許文献1)、本発明者らは、上記の結果から、解凍直後にRPE細胞を移植した場合、細胞の生存率の低下・状態の悪化により、移植効果(例、視細胞保護効果)が損なわれるのではないかと発想し、網膜変性モデルであるRCS(Royal College of Surgeons)ラットを用いて、RPE細胞を解凍直後に移植した場合と、解凍後一定期間培養した後で移植した場合とで、視細胞保護効果を比較したところ、後者の方が高い視細胞保護効果を示すことが明らかとなった。
[0012]
 そこで、本発明者らは、解凍直後のRPE細胞における視細胞保護効果の低下を防止すべく鋭意検討を行った結果、移植用媒体中にポロキサマー188を添加した場合、RPE細胞は、解凍直後でも、一定期間培養後と比較して同等もしくはそれ以上の高い視細胞保護効果を示した。この結果は、ポロキサマーの使用により、凍結保存したRPE細胞を解凍後CPC内でいったん培養せず、凍結保存した状態でRPE細胞を病院内に輸送し、解凍直後に移植を実施しても、高い移植効果が得られることを示している。
[0013]
 さらに、本発明者らは、移植用媒体へのポロキサマー188の添加が、解凍後のRPE細胞の生存率や移植効果のみならず、解凍から移植に至るまでの各種操作の間のRPE細胞のロスの減少(細胞回収率の向上)にも寄与し得るか否かを試験した。その結果、解凍直後の希釈・洗浄操作の工程から、懸濁化剤としてポロキサマー188含有媒体を使用することで、解凍後の細胞のロス、遠心分離操作による細胞のロス、移植用デバイス通過時の細胞のロスをいずれも低減し得ることが明らかとなった。
 本発明者らは、これらの知見に基づいて、ポロキサマー188を含有する懸濁化剤の移植用媒体としての使用が、RPE細胞の移植治療において、移植プロトコルの簡便化・迅速化、並びに移植効果の改善及び均一化、さらにはコスト削減に有用であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
[0014]
 すなわち、本発明は以下のとおりのものを提供する。
[1]ポロキサマーと、眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体とを含有してなる、網膜色素上皮(RPE)細胞の懸濁化剤。
[2]前記媒体が、調整されたハンクス平衡塩溶液又はオキシグルタチオン眼灌流・洗浄液である、[1]記載の懸濁化剤。
[3]ポロキサマーの濃度が0.001%(w/v)~0.1%(w/v)である、[1]又は[2]記載の懸濁化剤。
[4]ポロキサマーの濃度が0.01%(w/v)~0.1%(w/v)である、[1]又は[2]記載の懸濁化剤。
[5]凍結保存したRPE細胞を培養することなく移植するための、[1]~[4]のいずれかに記載の懸濁化剤。
[6]解凍後8時間以内に移植するための、[1]~[5]のいずれかに記載の懸濁化剤。
[7]RPE細胞の保護剤である、[1]~[6]のいずれかに記載の懸濁化剤。
[8]解凍後ないし移植までの任意の工程で使用され、該工程前後におけるRPE細胞数の減少を抑制する、[1]~[7]のいずれかに記載の懸濁化剤。
[9]RPE細胞及びポロキサマーを含有してなる、移植用医薬組成物。
[10]RPE細胞が、ポロキサマーを含有する眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体中に懸濁されている、[9]記載の医薬組成物。
[11]前記媒体が、調整されたハンクス平衡塩溶液又はオキシグルタチオン眼灌流・洗浄液である、[10]記載の医薬組成物。
[12]前記媒体中のポロキサマーの濃度が0.001%(w/v)~0.1%(w/v)である、[10]又は[11]記載の医薬組成物。
[13]前記媒体中のポロキサマーの濃度が0.01%(w/v)~0.1%(w/v)である、[10]又は[11]記載の医薬組成物。
[14]RPE細胞が凍結保存状態から解凍した後1時間以内の細胞であり、かつ医薬組成物が調製後8時間以内に対象に移植される、[9]~[13]のいずれかに記載の医薬組成物。
[15]ポロキサマーを含有しない場合に比べてRPE細胞の生存率が向上している、[9]~[14]のいずれかに記載の医薬組成物。
[16]ポロキサマーを含有しない場合に比べてRPE細胞の回収率が向上している、[9]~[15]のいずれかに記載の医薬組成物。
[17]RPE細胞を、ポロキサマーを含有する眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体中に懸濁させることを含む、RPE細胞含有組成物の製造方法。
[18]前記媒体が、調整されたハンクス平衡塩溶液又はオキシグルタチオン眼灌流・洗浄液である、[17]記載の方法。
[19]前記媒体中のポロキサマーの濃度が0.001%(w/v)~0.1%(w/v)である、[17]又は[18]記載の方法。
[20]前記媒体中のポロキサマーの濃度が0.01%(w/v)~0.1%(w/v)である、[17]又は[18]記載の方法。
[21]RPE細胞が凍結保存状態から解凍した後1時間以内の細胞であり、かつRPE細胞含有組成物が調製後8時間以内に対象に移植される移植用医薬組成物である、[17]~[20]のいずれかに記載の方法。
[22]ポロキサマーを含有しない場合に比べてRPE細胞の生存率が向上している、[17]~[21]のいずれかに記載の方法。
[23]ポロキサマーを含有しない場合に比べてRPE細胞の回収率が向上している、[17]~[22]のいずれかに記載の方法。
[24]視細胞を保護するための、[9]~[16]のいずれかに記載の医薬組成物。
[25]前記ポロキサマーがポロキサマー188である、[1]~[8]のいずれかに記載の懸濁化剤。
[26]前記ポロキサマーがポロキサマー188である、[9]~[16]、[24]のいずれかに記載の医薬組成物。
[27]前記ポロキサマーがポロキサマー188である、[17]~[23]のいずれかに記載の方法。

発明の効果

[0015]
 本発明によれば、ポロキサマーの使用により、凍結保存したRPE細胞の解凍後の生存率及び回収率を向上させることができる。当該効果は常温でも長時間持続するので、移植用の細胞懸濁液調製後に常温での保存・輸送を可能にする。
 また、ポロキサマーの使用により、凍結保存したRPE細胞を解凍直後に移植しても、解凍後一定期間培養したRPE細胞を移植する場合と同等以上の視細胞保護効果を示すので、RPE細胞を凍結した状態でCPCから病院に輸送し、病院内で解凍後直ちに移植を行うことができ、移植プロトコルの簡略化・移植実施までの時間の短縮化が可能となる。
 さらに、ポロキサマーの使用により、解凍から移植に至るまでの各工程におけるRPE細胞数のロスを低減・細胞数を均一化することができるので、移植に十分な細胞数確保のために準備すべきRPE細胞数を削減することができ、また、移植ごとの移植細胞の生存率、細胞数のばらつきが減少するので、治療効果の均一化と、損傷細胞の投与が防止される観点からの安全性の向上を図ることができる。

図面の簡単な説明

[0016]
[図1] 凍結解凍後、4℃にて48時間まで静置したRPE細胞の生存率に及ぼす種々の濃度のポロキサマー188の効果を示す図である。
[図2] 凍結解凍後、室温又は4℃にて6時間静置したRPE細胞の生存率に及ぼす0.05%(w/v)ポロキサマー188の効果を示す図である。
[図3] 凍結解凍後、室温にて8時間まで静置したRPE細胞の生存率に及ぼす種々の濃度のポロキサマー188の効果を示す図である。
[図4] 解凍直後又は解凍後14日間培養した後のRPE細胞を、媒体(BSS)のみ又は0.05%(w/v)ポロキサマー188を添加した媒体に懸濁してRCSラットに移植した場合の、視細胞保護効果を示す図である。
[図5] 解凍時のRPE細胞回収率に及ぼすポロキサマー188の効果を示す図である。
[図6] 移植に供する細胞懸濁液調製工程でのRPE細胞回収率に及ぼすポロキサマー188の効果を示す図である。

発明を実施するための形態

[0017]
 本発明は、ポロキサマーと、眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体とを含有してなる、網膜色素上皮(RPE)細胞の懸濁化剤を提供する。本発明はまた、RPE細胞及びポロキサマーを含有してなる、移植用医薬組成物を提供する。
[0018]
(A)網膜色素上皮(RPE)細胞
 本明細書において「網膜色素上皮(RPE)細胞」とは、網膜色素上皮を構成する上皮細胞、及びその前駆細胞をいう。網膜色素上皮細胞であるかは、例えば、細胞マーカー(RPE65、CRALBP、MERTK、BEST1等)の発現や、細胞の形態(細胞内のメラニン色素沈着、多角形で扁平な上皮様の細胞形態、多角形のアクチン束の形成等)等により確認できる。また、網膜色素上皮細胞の前駆細胞とは、網膜細胞への分化誘導が方向づけられた細胞を意味し、当該前駆細胞であるかは、細胞マーカー(Mitf(色素上皮細胞、色素上皮前駆細胞)、Pax6(色素上皮前駆細胞)、Rx(網膜前駆細胞)、OTX2(網膜前駆細胞)、RPE65(色素上皮細胞)、BEST1(色素上皮細胞))の発現等により確認できる。また網膜色素上皮細胞の機能評価は、例えばサイトカイン(VEGFやPEDF等)の分泌能や貪食能等を指標にして確認できる。これらの機能評価および確認操作は、当業者であれば適宜条件を設定して実施することが可能である。
[0019]
 RPE細胞は、RPE細胞を保有する任意の動物から得ることができるし、多能性幹細胞等から自体公知の方法により分化誘導することにより得ることもできる。RPE細胞として、例えば、RPE細胞は多能性幹細胞から分化誘導されたものを挙げることができる。多能性幹細胞としては、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であれば、特に限定されないが、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(ntES細胞)、精子幹細胞(GS細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが含まれる。好ましい多能性幹細胞は、ES細胞及びiPS細胞である。多能性幹細胞の由来は特に制限されず、例えば、下記のいずれかの多能性幹細胞の樹立が報告されている任意の動物、好ましくは哺乳動物、より好ましくはヒト、マウス、ラット等があげられる。
[0020]
 ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J. Evans and M.H. Kaufman (1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立されている(J.A. Thomson et al. (1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al. (1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848;J.A. Thomson et al. (1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall (1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。
[0021]
 ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor (bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848; Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147; H. Suemori et al. (2006),Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279;H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。
[0022]
 iPS細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら,Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);国際公開WO 2007/069666)。
[0023]
 本明細書中で使用する「体細胞」なる用語は、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞または分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)をいう。体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
[0024]
 初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-coding RNAまたはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-coding RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO 2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO 2010/111409、WO 2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D, et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al. (2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D,et al. (2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A, (2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al. (2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al., (2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al. (2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al. (2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al. (2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al. (2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al. (2011), Nature. 474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。
[0025]
 ES細胞からRPE細胞を分化誘導する方法としては、例えば、SDIA法(PNAS, 99: 1580-1585, 2002)、SFEB法(Nat. Biotechnol., 26: 215-224, 2008)等が挙げられるが、これらに限定されない。また、iPS細胞からも同様の方法でRPE細胞を分化誘導することができる(例えば、Neurosci. Lett., 458: 126-131, 2009; PLoS One, 8: 409-412, 2011)。あるいは、WO2015/053375、WO2015/053376、WO2015/125941、WO2017/043605等に記載の方法を用いることもできる。
[0026]
 本明細書におけるRPE細胞として、具体的にはヒトES細胞又はヒトiPS細胞から分化誘導されたRPE細胞が挙げられる。
[0027]
 本発明の懸濁化剤が適用される、あるいは本発明の医薬組成物中に含まれるRPE細胞は、好ましくは凍結保存された状態から解凍後1時間以内、20分以内、又は解凍直後のRPE細胞である。上記のようにして調製されるRPE細胞は、自体公知の方法に従って、凍結保存され、本発明の懸濁化剤への懸濁の直前に解凍される。RPE細胞の凍結保存法としては、例えば、RPE細胞を遠心チューブなどに回収し、細胞を遠心してペレット化した後、凍結保護剤を含んだ凍結保存液を加えて懸濁し、該懸濁液を凍結保存チューブに入れ、-80℃のフリーザーにて凍結後、気相もしくは液相の窒素タンクにて保存する方法などが挙げられるが、それに限定されない。凍結保護剤としては、例えば、DMSO、グリセリン、不凍タンパク質、不凍糖タンパク質等を適宜用いることができる。
[0028]
 凍結保存したRPE細胞の解凍方法も、当該技術分野で周知の方法を用いることができる(例えば、Freshney RI, Culture of Animal cells: A Manual of Basic Technique, 4th Edition, 2000, Wiley-Liss, Inc., Chapter 19を参照)。好ましくは、約37℃の湯浴中で急速解凍する。DMSOのような細胞毒性の強い凍結保護剤を使用している場合は、解凍後直ちに適当な希釈剤にてDMSO濃度を細胞に悪影響のない程度に希釈することが望ましく、遠心分離により上清を除去することで、毒性のある凍結保護剤等を除くことが望ましい。希釈剤としては、例えば、血清含有または不含培地のほか生理食塩水やPBSを用いることができるし、本発明の懸濁化剤における眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体を用いることもまた好ましい。
[0029]
(B)ポロキサマー
 本願明細書において「ポロキサマー」とは、下記構造式:
[0030]
[化1]


[0031]
で表されるトリブロックコポリマーである。ポロキサマーとして、例えば、ポロキサマー124、ポロキサマー188、ポロキサマー237、ポロキサマー407が挙げられ、好ましくは、ポロキサマー188、ポロキサマー237、より好ましくはポロキサマー188である。
 ポロキサマー188(式中、a=80、b=30である。)は、医薬品添加物として、安定(化)剤,界面活性剤,滑沢剤,可溶(化)剤,基剤,結合剤,懸濁(化)剤,コーティング剤,湿潤剤,乳化剤,粘稠剤,賦形剤,分散剤,崩壊剤,溶解補助剤等の用途に使用されており、安全に使用することができる。
[0032]
 ポロキサマー188は、自体公知の方法により製造することができる。また、ポロキサマー188は、例えばPluronic(登録商標) F68(BASF)、Pluronic F68 10% (100×)(Thermo Fisher Scientific(旧Life Technologies))、プロノン(登録商標)#188P(日油)等の商品名で、市販されている。
[0033]
 本発明の懸濁化剤、あるいは本発明の医薬組成物の媒体中に含有されるポロキサマー、例えば、ポロキサマー188の濃度は、RPE細胞、特に凍結保存から解凍されたRPE細胞を保護し、細胞の損傷または細胞死を抑制し(RPE細胞保護効果)、RPE細胞による視細胞保護効果を改善(低減防止)し、及び/又は解凍から移植に至るまでの各種工程におけるRPE細胞数のロスを防止するのに十分な濃度であれば特に制限はないが、好ましくは0.001%(w/v)~0.1%(w/v)、より好ましくは0.01%(w/v)~0.1%(w/v)(例えば、0.01%(w/v)~0.1%(w/v)未満、0.01%(w/v)~0.09%(w/v), 0.08%(w/v), 0.07%(w/v), 0.06%(w/v)又は0.05%(w/v)等)である。凍結保存した脂肪組織の「解凍時」の細胞死を防ぐために必要なポロキサマー188の濃度が、0.1ないし2%(w/v)もしくはそれ以上であることを考慮すると(上記特許文献2)、0.1%(w/v)未満の低濃度のポロキサマーを「解凍後」に添加することで、優れたRPE細胞保護効果が達成されることは驚くべき発見である。
[0034]
(C)眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体
 本発明の懸濁化剤及び本発明の医薬組成物に含有される「眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体」としては、RPE細胞を該媒体中に懸濁した懸濁液を、疾患部位、即ち、黄斑変性症や網膜色素変性症における網膜下網膜色素上皮の変性または欠損部位に直接注入することが医薬上許容される液体であれば特に制限されないが、例えば、緩衝剤、等張化剤、粘性基剤、キレート剤、pH調整剤、抗酸化剤などを適宜選択して、RPE細胞の生存率に影響を与えない範囲で含有させることができる。
 緩衝剤としては、例えば、リン酸緩衝剤、ホウ酸緩衝剤、クエン酸緩衝剤、酒石酸緩衝剤、酢酸緩衝剤、アミノ酸などが挙げられる。
 等張化剤としては、ソルビトール、グルコース、マンニトールなどの糖類、グリセリン、プロピレングリコールなどの多価アルコール類、塩化ナトリウムなどの塩類、ホウ酸などが挙げられる。
 粘性基剤としては、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコールなどの水溶性高分子、ヒドロキシエチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどのセルロース類などが挙げられる。
 キレート剤としては、エデト酸ナトリウム、クエン酸などが挙げられる。
 pH調整剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ホウ酸またはその塩(ホウ砂)、塩酸、クエン酸またはその塩(クエン酸ナトリウム、クエン酸二水素ナトリウム等)、リン酸またはその塩(リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素カリウム等)、酢酸またはその塩(酢酸ナトリウム、酢酸アンモニウム等)、酒石酸またはその塩(酒石酸ナトリウム等)等が挙げられる。
 抗酸化剤としては、例えば、グルタチオン、亜硫酸水素ナトリウム、乾燥亜硫酸ナトリウム、ピロ亜硫酸ナトリウム、トコフェロール等が挙げられる。
[0035]
 本発明の剤のpHは、通常、約5.0~約8.5、好ましくは約7.0~約8.0に調整され、好ましくは、メンブレンフィルター等を用いた濾過滅菌などの滅菌処理を行うことができる。
[0036]
 本発明の好ましい一実施態様において、「眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体」として、調整されたハンクス平衡塩溶液(HBSS)又はオキシグルタチオン眼灌流・洗浄液を用いることができる。調整されたHBSSとしては、フェノールレッド不含HBSS(-)(400mg/L KCl、8g/L NaCl、350mg/L NaHCO 3、60mg/L KH 2PO 4、47.9mg/L 無水Na 2HPO 4、1g/L D-グルコース;以下、単に「HBSS(-)」ともいう。)、フェノールレッド不含HBSS(+)(HBSS(-)に140mg/L 無水CaCl 2、100mg/L MgCl 2・6H 2O、100mg/L MgSO 4・7H 2Oを添加したもの;以下、単に「HBSS(+)」ともいう。)等が挙げられる。また、調整されたオキシグルタチオン眼灌流・洗浄液としては、ビーエスエスプラス(登録商標)眼灌流液0.0184%(日本アルコン)(以下、単に「BSS」ともいう。)等が挙げられる。
[0037]
(D)本発明の懸濁化剤・本発明の医薬組成物
 本発明の懸濁化剤は、上記(C)の眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体に、適切な量のポロキサマー(例:ポロキサマー188)を添加することにより調製することができる。
 本発明の医薬組成物は、上記のRPE細胞を、本発明の懸濁化剤に懸濁させることによって調製することができる。
[0038]
 上述のとおり、本発明の好ましい一実施態様においては、本発明の懸濁化剤により懸濁され、本発明の医薬組成物として調製されるRPE細胞は、凍結保存状態から解凍された直後の細胞である。凍結保存したRPE細胞は、上記の方法により解凍された直後に、適当な希釈剤により希釈され、遠心分離により洗浄されることが望ましい。ここで希釈剤としては、上述のように、生理食塩水やPBSの他、上記(C)の眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体(例えば、HBSS(+)、BSS等)を用いることができる。該希釈剤にはポロキサマー(例:ポロキサマー188)が含まれていても、含まれていなくてもよいが、遠心分離による洗浄工程におけるRPE細胞の損傷や細胞死を抑制し、操作中の細胞数のロスを防止するためには、希釈剤中にポロキサマー188を添加することが好ましい。すなわち、一実施態様において、希釈・洗浄工程を、ポロキサマー(例:ポロキサマー188)を含む眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体で行うことにより、RPE細胞の保護効果、又はRPE細胞の損傷や細胞死の抑制効果が認められ、RPE細胞の回収率が改善される。従って、ポロキサマー(例:ポロキサマー188)を含む眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体にRPE細胞を懸濁することを含むRPE細胞の保護方法、RPE細胞の損傷や細胞死の抑制方法、又はRPE細胞の回収率の改善方法もまた本発明の範疇である。ポロキサマーの添加濃度としては、本発明の懸濁剤におけるポロキサマーの濃度範囲が同様に好ましく例示される。希釈・洗浄工程は室温ないし約37℃で行ってもよいし、約4℃の冷却下で行ってもよい。洗浄操作は1回のみでもよいし、2ないし数回繰り返すこともできる。
[0039]
 希釈・洗浄したRPE細胞を本発明の懸濁化剤に再懸濁することにより、本発明の医薬組成物、即ち、RPE細胞含有組成物とすることができる。本発明の医薬組成物におけるRPE細胞は、凍結保存状態から解凍後1時間以内、更に好ましくは20分以内の細胞である。本発明の医薬組成物におけるRPE細胞の密度は、疾患部位、即ち、黄斑変性症や網膜色素変性症における網膜色素上皮の欠損部位に注入される懸濁液(例えば、50~500μL、好ましくは100~300μL)中に、治療上有効な量のRPE細胞が含まれる限り特に制限はないが、例えば、100~20,000細胞/μL、好ましくは1,000~10,000細胞/μLの細胞密度となるように懸濁することができる。ES細胞由来RPE細胞を用いた黄斑変性症に対する治験では、生RPE細胞を最終的に333細胞/μLとなるようにBSSに懸濁し、該細胞懸濁液150μL(生RPE細胞の総数50,000細胞)を黄斑部に注入しているが(上記非特許文献1)、ポロキサマー(例:ポロキサマー188)を配合した本発明の医薬組成物は、媒体(例えば、BSS)のみにRPE細胞を懸濁させた場合よりも、RPE細胞を保護し、RPE細胞の損傷及び細胞死を顕著に抑制することができ、かつ希釈・洗浄のための遠心分離工程、続くこれの再懸濁、その移植時の移植用デバイス(シリンジ等)通過の際の細胞のロスを顕著に防止することができるので、従来法と同等量の生RPE細胞を移植部位に到達させるのに要する出発RPE細胞数を低減させることができ、移植に必要なRPE細胞の調製に要するコストや時間を削減することができる。
[0040]
 本発明の医薬組成物は、凍結保存したRPE細胞を解凍直後に本発明の懸濁化剤中に懸濁させることにより、4℃で少なくとも48時間以上、常温で少なくとも8時間以上静置しても、RPE細胞の生存率を低下させることはない。このことは、CPCで凍結保存したRPE細胞を解凍し、移植用製剤として調製した後に、冷蔵もしくは常温下で移植を実施する病院に輸送することができ、輸送の際の煩雑さを解消できるとともに、病院到着後直ちに移植を実施できるという利点を有することを意味する。すなわち、一実施態様として、凍結保存したRPE細胞を解凍直後に本発明の懸濁化剤中に懸濁させることにより、解凍後48時間以内、好ましくは8時間以内に、RPE細胞を対象患者に移植することができる。
 従って、以下の工程:
(1)凍結保存したRPE細胞を解凍する工程、
(2)解凍されたRPE細胞を本発明の懸濁液中に懸濁する工程、及び
(3)(2)で得られるRPE細胞を含む懸濁液を、解凍後48時間以内、好ましくは8時間以内に患者の眼組織に投与する工程
を含むRPE細胞の患者への移植方法もまた本発明の範疇である。
[0041]
 一方で、本発明の医薬組成物は、凍結保存したRPE細胞を解凍直後に本発明の懸濁化剤に懸濁した後、直ちに移植に用いても、解凍した細胞を一定期間培養した後で移植する場合と同等もしくはそれ以上の高い視細胞保護効果を示す。すなわち、一実施態様として、凍結保存したRPE細胞を、解凍後に回復培養することなく移植することができる。すなわち、解凍後にRPE細胞を培養する工程を含まないことを特徴とする、上記患者への移植方法もまた本発明の範疇である。
 ここで、RPE細胞による「視細胞保護効果」とは、RPE細胞の移植により、視細胞の生存を維持し網膜機能を保護、正常化する効果をいう。
 ES細胞由来RPE細胞を用いた黄斑変性症に対する治験では、ポロキサマーを含まないBSS中に解凍直後のRPE細胞を懸濁し、培養工程を経ずにそのまま移植に用いているが(上記非特許文献1)、一定の治療効果を得ている。本発明は、かかる従来法では、RPE細胞の視細胞保護効果が顕著に低下する可能性が高いという新たな課題と、懸濁化剤中にポロキサマー(例:ポロキサマー188)を配合することにより、当該課題を解決する手段とを同時に提供したものである。この新たな課題は、RPE細胞による治療効果(視細胞保護効果)の向上の目的のために、CPCから凍結保存した状態でRPE細胞を病院に輸送し、病院内で解凍直後にRPE細胞を移植するという、従来実施されていた簡易な移植プロトコルへの再考を促すものといえる。本発明は、ポロキサマー188の添加により解凍直後のRPE細胞を移植に用いても、一定期間培養後のRPE細胞を移植した場合と同等の治療効果を得ることができることを実証することで、従来どおりの簡易な移植プロトコルが治療効果を損なうことなく実施可能であることを示した。即ち、本発明により簡便かつ効果的なRPE細胞の移植治療を実現することができる。
[0042]
 本発明の医薬組成物は、適当なシリンジ及び針を含む移植用デバイス(例えば、MedOne0(登録商標) Poly Tip(登録商標) Cannula 25g/38g等)を用いて、例えば、黄斑変性症(例、萎縮型及び滲出型加齢黄斑変性症、シュタルガルト病)、網膜色素変性症等の網膜疾患を有する哺乳動物(例、ヒト、マウス、ラット等、好ましくはヒト)の網膜下に注入することにより、移植することができる。本発明の医薬組成物は、ポロキサマー(例:ポロキサマー188)の添加により、移植用デバイス内での流動性が向上し、注入時に該デバイス内に残存するRPE細胞数を顕著に低減することができる。そのため、移植用量を正確に設定することが可能となり、臨床研究並びに治験そして承認後の臨床使用において用量依存的な治療効果の評価判定を正確に実施することができ、再生医療等製品の実用化に大きく貢献することができる。
[0043]
 以下に実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
実施例
[0044]
実施例1. ポロキサマー188によるRPE細胞保護効果の検証
 細胞保護効果が知られているポロキサマー188を各々の濃度で含有するHBSS (+)に懸濁したRPE細胞について細胞懸濁液の状態で保存したときの、生細胞率を継時的に測定することで、ポロキサマー188のRPE細胞に対する保護効果について検証した。
 凍結保存(STEM-CELLBANKER(登録商標)GMP grade)されているRPE細胞(1120C7 iPS細胞由来RPE細胞;iPS細胞入手先:国立大学法人京都大学)を37±2℃で解凍し、トリパンブルー染色法によって生細胞数および生細胞率を測定し、1.5 × 10 5 cells/tubeの細胞数となるように分注した。次に、遠心分離(200 g、4分間、室温)し、上清を除去した。これに0%(w/v), 0.005%(w/v), 0.05%(w/v), 0.5%(w/v)の濃度のポロキサマー188含有HBSS (+) 450 μLを添加し再懸濁したRPE細胞懸濁液を4℃に静置して、継時的に生細胞率を測定した。ポロキサマー188含有HBSS(+)は、Pluronic F-68, 10% (100X)(Thermo Fisher Scientific(旧Life Technologies))をHBSS(+)で希釈して調製した(以下の全ての実施例においても、同様の方法でポロキサマー188含有媒体の調製を行った)。サンプリングは懸濁液調製の直後を0時間とし、24時間後、48時間後の各測定時点で実施し、トリパンブルー染色法によって生細胞率を測定した。
 結果を図1に示す。図1Aは生細胞率の変動を測定値でプロットしたものであり、図1Bは、懸濁液調製の直後(0時間後)の生細胞率の値を100%として、4℃静置後の生細胞率の変動を相対値で表示したものである。無調整HBSS (+)に懸濁した場合と比較して、0.005%(w/v), 0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)に懸濁したRPE細胞の生細胞率の低下は、4℃静置48時間まで抑制された(図1A)。一方、無調整HBSS (+)に懸濁した場合と比較して、0.5%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)に懸濁したRPE細胞の生細胞率低下の傾きは大きく、生細胞率低下は抑制されなかった(図1B)。これらの結果によって、ポロキサマー188の添加濃度0.005%(w/v)および0.05%(w/v)は生細胞率低下を抑制することが見出された。さらに、ポロキサマー188の添加濃度0.5%(w/v)は生細胞率低下を抑制できなかった。この濃度では、界面活性剤の細胞膜可溶化作用による細胞障害性が現れることが示唆された。
[0045]
 次に、臨床現場ではRPE細胞懸濁液調製操作を室温で行うことを考慮し、無調整BSSまたは0.05%(w/v)ポロキサマー188含有BSSに懸濁したRPE細胞懸濁液の、室温および4℃での保存安定性を評価する目的で以下の実験を行った。
 凍結保存されているRPE細胞(1120C7 iPS細胞由来RPE細胞;iPS細胞入手先:国立大学法人京都大学)を37±2℃で解凍しBSSで希釈、洗浄し、トリパンブルー染色法によって生細胞数および生細胞率を測定し、3 × 10 6 cells/tubeの細胞数となるように分注した。次に、遠心分離(200 g、4分間、室温)し、上清を除去した。これに無調整BSSまたは0.05%(w/v)ポロキサマー188含有BSS 1 mLを添加し再懸濁したRPE細胞懸濁液を室温または4℃に静置して、6時間後にヌクレオカウンター(登録商標)NC-200(製造元:ChemoMetec)を用いて生細胞率を測定した。
 結果を図2に示す。無調整BSSに懸濁した場合と比較して、ポロキサマー188含有BSSに懸濁したRPE細胞の生細胞率は、室温および4℃ともに静置6時間後まで高く保持された。また、ポロキサマー188含有BSSに懸濁したRPE細胞懸濁液の保存安定性は室温および4℃静置で6時間後まで変化しないことが示された。従って、ポロキサマー188のRPE細胞に対する保護効果は室温でも認められる事が明らかになった。移植用媒体としてポロキサマー188含有BSSを用いれば、温度管理が容易な室温条件下において、院内CPC等の特殊環境かつ遠隔地にてRPE細胞懸濁液を調製し、保存あるいは輸送する際にも有効である。
[0046]
 更に、ポロキサマー188のRPE細胞に対する保護効果について有効濃度を詳細に検証する目的で、以下の実験を行った。
 凍結保存されているRPE細胞(Ff-I01 iPS細胞由来RPE細胞; iPS細胞入手先:国立大学法人京都大学)を37 ± 2℃で解凍しHBSS (+)で希釈、洗浄し、ヌクレオカウンター(登録商標)NC-200(製造元:ChemoMetec)を用いて生細胞数および生細胞率を測定し、1 × 10 6 cells/tubeの細胞数となるように分注した。次に、遠心分離(200 g、4分間、室温)し、上清を除去した。0%(w/v), 0.001%(w/v), 0.005%(w/v), 0.01%(w/v), 0.05%(w/v), 0.1%(w/v)の濃度のポロキサマー188含有HBSS (+) 1 mLを添加し再懸濁したRPE細胞懸濁液を室温に静置し、継時的に生細胞率を測定した。サンプリングは懸濁液調製直後、2時間後、4時間後、8時間後の各測定時点で実施し、ヌクレオカウンター(登録商標) NC-200(製造元:ChemoMetec)を用いて生細胞率を測定した。
 無調整HBSS (+)に懸濁した場合と比較して、ポロキサマー188含有HBSS (+)に懸濁したRPE細胞の生細胞率は、試験したすべてのポロキサマー188濃度で、室温静置8時間まで高く保持された(図3)。ポロキサマー188の濃度0.01%(w/v)~0.1%(w/v)のときには、特に高い生細胞率を示した。これらの結果によって、移植用媒体として、ポロキサマー188のRPE細胞保護効果の好適濃度は0.01%(w/v)~0.1%(w/v)であることが見出された。これにより、特別な条件を必要としない通常の院内調製時における環境下において、調製後の調製場所からの移動、輸送および移植時の眼科手術に必要と想定される十分な時間においてRPE細胞の生細胞率を安定的に保持し、RPE細胞製剤としての品質を損なうことなく、安全に移植に供することができる。また、本移植用媒体を用いれば、院内CPC等の特殊環境かつ遠隔地にてRPE細胞懸濁液を調製し、常温で保存あるいは輸送する際にも有効である。
[0047]
実施例2. RCSラットを使用した視細胞保護効果試験
 ヒトiPS細胞由来RPE細胞を用いた細胞懸濁液の有効性について、解凍後の培養工程の有無および移植用媒体へのポロキサマー188の添加の有無による効果の違いを、網膜変性ラットモデルであるRCSラットの網膜下移植後の網膜視細胞保護効果により評価した。
 被験動物:3週齢のRCS(Royal College of Surgeons)ラット(入手先:CLEA Japan, Inc.)を使用した。RCSラットは自然発症網膜変性を表現系として持するラットであり、網膜色素変性症及び加齢黄斑変性症のモデル動物として、これらの疾患に対する有効性を裏付ける試験系で広く使われている。
 被験物質:移植直前に解凍したRPE細胞(1120C7 iPS細胞由来RPE細胞;iPS細胞入手先:国立大学法人京都大学)を、培養を経ることなく異なる2種類の移植用媒体(ビーエスエスプラス500眼灌流液0.0184%(日本アルコン;以下、BSS)、0.05%(w/v)ポロキサマー188含有BSS)を用いて懸濁液として調製したもの(被験物質-1A及び-1B)、または移植に先立ってRPE細胞製造施設にて解凍起眠後14日間培養し、これを未凍結のままで異なる2種類の移植用媒体(ポロキサマー188含有BSS、BSS)を用いて懸濁液として調製したもの(被験物質-2及び-3)を被験物質として使用した。
  被験物質-1A:解凍RPE細胞をBSSで懸濁
  被験物質-1B:解凍RPE細胞をポロキサマー188含有BSSで懸濁
  被験物質-2: 培養RPE細胞をポロキサマー188含有BSSで懸濁
  被験物質-3: 培養RPE細胞をBSSで懸濁
 移植方法:塩酸ケタミン(25 mg/mL;Supriya Lifescience Ltd.)およびキシラジン(10 mg/mL;バイエル薬品株式会社)の9:2(容量比)混合液を2.0 mL/kgで筋肉内投与し、麻酔を行った後、散瞳剤(ミドリンP点眼液、参天製薬株式会社)を点眼し、散瞳させた。散瞳確認後、ベノキシール点眼液 0.4%(参天製薬株式会社)にて眼球の表面麻酔を施した後、0.1%ボビンヨード含有生理食塩液からなる消毒液にて眼球表面及び眼瞼を消毒した。消毒液はただちに生理食塩液で眼球より洗い流した。消毒後、スコビゾル点眼液(千寿製薬株式会社)を点眼し、アルコール消毒し、生理食塩液で洗浄したユニコン社製コンタクトレンズを眼球上にのせ、顕微鏡下で、針(33G)を用いて眼球に穴をあけ、ハミルトンシリンジ(10 μL)および針(33G)を用いて網膜下に被験物質または媒体を注入した。注入終了後は塩酸アチパメゾール(アンチセダン;5.0 mg/mL、Orion Pharma)を筋肉内投与(0.72 mL/kg)した。偽処置眼球については、注入操作を除き媒体および被験物質投与眼球と同じ操作を行った。
 病理学的検査(標本作成):眼球及び視神経はスーパーフィックス(倉敷紡績株式会社)で固定した。剖検日の翌々日に水洗を行わず、密閉式自動固定包埋装置で処理を行った。薄切を行った。
 検査方法:各個体、最低1枚(媒体群、偽処置群、無処置群は各眼1枚ずつ、被験物質投与群は各眼10枚ずつ)の標本で視神経乳頭・視神経を観察した。視細胞残存数は、網膜領域について4等分(移植側前方、移植側後方、非移植側前方及び非移植側後方)し、各領域におけるスライドごとに外顆粒層の視細胞が残存した最大数をスコア化し、さらに各エリアの最大数の平均値を算出した。
[0048]
[表1]


[0049]
 結果を図4に示す。移植用媒体としてBSSを使用した場合、視細胞層残存数(ONL score)は、BSS投与群と比較して、培養RPE細胞の懸濁液(被験物質-3)投与群は有意に高い値を示した。しかしながら、BSS投与群と比較して、解凍RPE細胞の懸濁液(被験物質-1A)投与群は高値の傾向を示しているものの有意差はなかった。この結果は、移植されたRPE細胞は視細胞保護効果を有するが、その効果は解凍RPE細胞よりも培養RPE細胞の方が高いことを示している。一方で、移植用媒体としてポロキサマー188含有BSSを使用した場合、視細胞層残存数(ONL score)は、ポロキサマー188含有BSS投与群と比較して、解凍RPE細胞の懸濁液(被験物質-1B)および培養RPE細胞の懸濁液(被験物質-2)投与群は有意かつ顕著に高い値を示した。さらに驚くべきことに、解凍RPE細胞の懸濁液(被験物質-1B)投与群は培養RPE細胞の懸濁液(被験物質-2)投与群よりも高値傾向を示した。
 この結果によって、移植用媒体としてポロキサマー188含有BSSを使用することで、解凍RPE細胞と培養RPE細胞の視細胞保護効果は同等もしくは、むしろ逆転することを見出した。移植用媒体としてポロキサマー188含有BSSを使用することで、移植毎に用時、凍結解凍細胞を14日間培養する工程、またそれに続く培養細胞を剥離、回収し、細胞懸濁液として調製し、これを輸送する一連の工程とこの間の品質性能を安定に保証するための一切の試験を略することが可能となる。それぞれの臨床現場、院内調製などの環境・技術的な変数を考慮すると、院内で凍結細胞を解凍後一定期間培養することは困難であったが、本方法を用いることにより、製造機関(CPC)で凍結製剤化した細胞医薬品を、医療現場で解凍後ただちに使用しても培養細胞と同等もしくはそれ以上の視細胞保護機能を保持・発揮する細胞を提供することが可能となった。
[0050]
実施例3. ポロキサマー188添加による解凍時の細胞回収率への影響
 凍結保存細胞を解凍する際に使用する移植用媒体としての無調整HBSS (+)または0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)による、解凍後の細胞回収率への影響を検証した。
 製剤後凍結保存されているRPE細胞(QHJI01 iPS細胞由来RPE細胞; iPS細胞入手先:国立大学法人京都大学)を37 ± 2℃で解凍し、無調整HBSS (+)または0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)で懸濁した。次に、遠心分離(200 g、4分間、室温)し、上清を除去した。それぞれ、同じ無調整HBSS (+)またはポロキサマー188含有HBSS (+)で再懸濁し、ヌクレオカウンター(登録商標)NC-200(製造元:ChemoMetec)またはトリパンブルー染色法を用いて生細胞数および死細胞数を測定した。2 × 10 7 cells/vialで凍結保存した細胞の生細胞、死細胞を2 × 10 7 cellsを100%としたときの回収率およびロス細胞の比率を算出した。
 結果を図5に示す。ヌクレオカウンター(登録商標)NC-200(製造元:ChemoMetec)を用いて生細胞数および死細胞数を測定したとき、無調整HBSS (+)で再懸濁したものの解凍後の回収率は生細胞60.50%、死細胞2.10%、ロス細胞37.40%であった。一方、0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)で再懸濁したものの解凍後の回収率は生細胞79.10%、死細胞1.55%、ロス細胞19.35%であった。トリパンブルー染色法を用いて生細胞数および死細胞数を測定したとき、無調整HBSS (+)で再懸濁したものの解凍後の回収率は生細胞45.5%、死細胞2.75%、ロス細胞51.75%であった。一方、0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)で再懸濁したものの回収率は生細胞87.50%、死細胞7.50%、ロス細胞5.00%であった。
 これらの結果から、凍結保存されたRPE細胞が解凍される際に大きな障害を受けることで、生細胞としての回収率は低下し、ロス細胞の比率が上昇することが実証された。しかしながら、解凍した直後に、RPE細胞を0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)に懸濁することで、ロス細胞の比率を大きく低減できることが見出された。0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)の使用で細胞のロスを軽減することは、凍結保存製剤の細胞数を厳密に制御できる産業上のメリットがある以上に、患者毎の必要細胞数確保、負担費用軽減につながるものである。
[0051]
実施例4. ポロキサマー188添加による移植に供する細胞懸濁液調製工程での細胞回収率への影響
 移植用媒体として、無調整HBSS (+)または0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)にRPE細胞を懸濁した細胞懸濁液を調製した。その細胞懸濁液を遠心分離し、上清を除去した後に生細胞数、死細胞数を測定し、RPE細胞の回収率を算出することで、ポロキサマー188添加による細胞回収率への影響を検証した。
 解凍後、移植用媒体にて1回洗浄したRPE細胞(QHJI01 iPS細胞由来RPE細胞; iPS細胞入手先:国立大学法人京都大学)を前工程と同じ無調整HBSS (+)または0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)で懸濁した。ヌクレオカウンター(登録商標)NC-200(製造元:ChemoMetec)またはトリパンブルー染色法を用いて生細胞数を測定し、RPE細胞懸濁液を1 × 10 6 cells/tubeの細胞数となるように分注した。次に、遠心分離前の細胞数として、ヌクレオカウンター(登録商標)NC-200(製造元:ChemoMetec)またはトリパンブルー染色法を用いて生細胞数および死細胞数を測定した。遠心分離(200 g、4分間、室温)し、上清を除去した。無調整HBSS (+)またはポロキサマー188含有HBSS (+)で再懸濁した。次に、遠心分離後の細胞数として、ヌクレオカウンター(登録商標)NC-200(製造元:ChemoMetec)またはトリパンブルー染色法を用いて生細胞数および死細胞数を測定した。遠心分離前の生細胞数を100%として、遠心分離後の細胞の回収率を算出した。
 結果を図6に示す。ヌクレオカウンター(登録商標)NC-200(製造元:ChemoMetec)を用いて生細胞数および死細胞数を測定したとき、無調整HBSS (+)で再懸濁したものの回収率は生細胞54.23%、死細胞2.36%、ロス細胞43.41%であった。一方、0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)で再懸濁したものの回収率は生細胞98.42%、死細胞1.03%、ロス細胞0.55%であった。トリパンブルー染色法を用いて生細胞数および死細胞数を測定したとき、無調整HBSS (+)で再懸濁したものの回収率は生細胞74.80%、死細胞15.45%、ロス細胞9.75%であった。一方、0.05%(w/v)ポロキサマー188含有HBSS (+)で再懸濁したものの回収率は生細胞86.60%、死細胞5.36%、ロス細胞8.04%であった。
 これらの結果から、移植用媒体にポロキサマー188を添加することによって、細胞懸濁液調製工程中の遠心分離操作による死細胞数、あるいはロス細胞の比率を大きく減少させ、生細胞の回収率を改善することが実証された。これにより、細胞懸濁液調製の作業環境、例えば、使用機器、および従事者に依存する細胞の解凍、洗浄、および懸濁液中の細胞数計測の手技等のばらつきによる細胞傷害の影響を低減し、有効な細胞数を確保できるだけでなく、これを正確に把握できることから、臨床現場での移植に供する細胞懸濁液の調製操作を安定化することが可能になる。
[0052]
実施例5. RPE細胞の移植用デバイス(MedOne(登録商標)Poly Tip(登録商標)Cannula 25g/38g)通過効率の改善
 移植用媒体として、無調整BSS、または0.05%(w/v)ポロキサマー188含有BSSにRPE細胞を懸濁した細胞懸濁液を調製した。移植用デバイスを通過させた後の、生細胞数を測定することで、細胞懸濁液の移植用デバイス通過効率を評価した。
 無調整BSSまたは0.05%(w/v)ポロキサマー188含有BSSで懸濁した、RPE細胞(Ff-I01 iPS細胞由来RPE細胞; iPS細胞入手先:国立大学法人京都大学)懸濁液を調製した。次に、移植用デバイス通過前の細胞として、ヌクレオカウンター(登録商標)NC-200(製造元:ChemoMetec)を用いて生細胞数を測定した。移植用デバイス通過後の細胞懸濁液を採取し、ヌクレオカウンター(登録商標)NC-200(製造元:ChemoMetec)を用いて生細胞数を測定した。移植用デバイス通過前の生細胞数を初期値(100%)として、移植用デバイスを通過後の生細胞数の比率を算出し、移植用デバイス通過効率を評価した。
 結果を表2に示す。無調整BSSで再懸濁したものの移植用デバイス通過前の生細胞数は1.26 × 10 6 cells/mL/tube(初期値)であり、移植用デバイスを通過後の生細胞数は1.08 × 10 6 cells/mL/tube(通過効率85.7%)であった。一方、0.05%(w/v)ポロキサマー188含有BSSで再懸濁したものの移植用デバイス通過前の生細胞数は1.48 × 10 6 cells/mL/tube(初期値)であり、移植用デバイスを通過後の生細胞数は1.45 × 10 6 cells/mL/tube(通過効率98.0%)であった。
[0053]
[表2]


[0054]
 これらの結果から、移植用媒体として0.05%(w/v)ポロキサマー188含有BSSを用いることによって、RPE細胞懸濁液の移植用デバイス内での流動性が向上し、移植用デバイス内にトラップされる細胞数の減少、および移植用デバイス通過効率の改善が実証された。これまで、移植に供する細胞数と移植用デバイスを通過後の細胞数には15%程度の乖離があった。しかしながら、ポロキサマー188添加によってこの乖離を大きく減少させることが明らかになった。これにより、移植用デバイス通過による移植細胞の生細胞率低下の懸念が緩和された。また、移植用量を正確に設定することが可能となり、臨床研究並びに治験そして承認後の臨床使用において用量依存的な治療効果の評価判定を正確に実施することができ、再生医療等製品の実用化に大きく貢献できる。

産業上の利用可能性

[0055]
 ポロキサマー(例:ポロキサマー188)を含む本発明の懸濁化剤は、凍結保存したRPE細胞の解凍後の生存率の改善効果、解凍直後にRPE細胞を移植に用いた場合の視細胞保護効果の改善効果、並びに解凍から移植に至る各種工程における細胞のロスの防止効果を奏する。従って、本発明の懸濁化剤に懸濁したRPE細胞を含む本発明の医薬組成物は、取扱いが便利であり、かつ治療効果にも優れており、黄斑変性症をはじめとする網膜疾患の移植治療において極めて有用である。
 本出願は、日本で出願された特願2016-131171(出願日:2016年6月30日)を基礎としており、その内容はすべて本明細書に包含されるものとする。

請求の範囲

[請求項1]
 ポロキサマーと、眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体とを含有してなる、網膜色素上皮(RPE)細胞の懸濁化剤。
[請求項2]
 前記媒体が、調整されたハンクス平衡塩溶液又はオキシグルタチオン眼灌流・洗浄液である、請求項1記載の懸濁化剤。
[請求項3]
 ポロキサマーの濃度が0.001%(w/v)~0.1%(w/v)である、請求項1又は2記載の懸濁化剤。
[請求項4]
 ポロキサマーの濃度が0.01%(w/v)~0.1%(w/v)である、請求項1又は2記載の懸濁化剤。
[請求項5]
 凍結保存したRPE細胞を培養することなく移植するための、請求項1~4のいずれか1項に記載の懸濁化剤。
[請求項6]
 解凍後8時間以内に移植するための、請求項1~5のいずれか1項に記載の懸濁化剤。
[請求項7]
 RPE細胞の保護剤である、請求項1~6のいずれか1項に記載の懸濁化剤。
[請求項8]
 解凍後ないし移植までの任意の工程で使用され、該工程前後におけるRPE細胞数の減少を抑制する、請求項1~7のいずれか1項に記載の懸濁化剤。
[請求項9]
 RPE細胞及びポロキサマーを含有してなる、移植用医薬組成物。
[請求項10]
 RPE細胞が、ポロキサマーを含有する眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体中に懸濁されている、請求項9記載の医薬組成物。
[請求項11]
 前記媒体が、調整されたハンクス平衡塩溶液又はオキシグルタチオン眼灌流・洗浄液である、請求項10記載の医薬組成物。
[請求項12]
 前記媒体中のポロキサマーの濃度が0.001%(w/v)~0.1%(w/v)である、請求項10又は11記載の医薬組成物。
[請求項13]
 前記媒体中のポロキサマーの濃度が0.01%(w/v)~0.1%(w/v)である、請求項10又は11記載の医薬組成物。
[請求項14]
 RPE細胞が凍結保存状態から解凍した後1時間以内の細胞であり、かつ医薬組成物が調製後8時間以内に対象に移植される、請求項9~13のいずれか1項に記載の医薬組成物。
[請求項15]
 ポロキサマーを含有しない場合に比べてRPE細胞の生存率が向上している、請求項9~14のいずれか1項に記載の医薬組成物。
[請求項16]
 ポロキサマーを含有しない場合に比べてRPE細胞の回収率が向上している、請求項9~15のいずれか1項に記載の医薬組成物。
[請求項17]
 RPE細胞を、ポロキサマーを含有する眼灌流・洗浄液として医薬上許容される媒体中に懸濁させることを含む、RPE細胞含有組成物の製造方法。
[請求項18]
 前記媒体が、調整されたハンクス平衡塩溶液又はオキシグルタチオン眼灌流・洗浄液である、請求項17記載の方法。
[請求項19]
 前記媒体中のポロキサマーの濃度が0.001%(w/v)~0.1%(w/v)である、請求項17又は18記載の方法。
[請求項20]
 前記媒体中のポロキサマーの濃度が0.01%(w/v)~0.1%(w/v)である、請求項17又は18記載の方法。
[請求項21]
 RPE細胞が凍結保存状態から解凍した後1時間以内の細胞であり、かつRPE細胞含有組成物が調製後8時間以内に対象に移植される移植用医薬組成物である、請求項17~20のいずれか1項に記載の方法。
[請求項22]
 ポロキサマーを含有しない場合に比べてRPE細胞の生存率が向上している、請求項17~21のいずれか1項に記載の方法。
[請求項23]
 ポロキサマーを含有しない場合に比べてRPE細胞の回収率が向上している、請求項17~22のいずれか1項に記載の方法。
[請求項24]
 視細胞を保護するための、請求項9~16のいずれか1項に記載の医薬組成物。
[請求項25]
 前記ポロキサマーがポロキサマー188である、請求項1~8のいずれか1項に記載の懸濁化剤。
[請求項26]
 前記ポロキサマーがポロキサマー188である、請求項9~16、24のいずれか1項に記載の医薬組成物。
[請求項27]
 前記ポロキサマーがポロキサマー188である、請求項17~23のいずれか1項に記載の方法。

図面

[ 図 1]

[ 図 2]

[ 図 3]

[ 図 4]

[ 図 5]

[ 図 6]